【掌編小説】書き物机になったダイニングテーブル

　　　

　

私はこの家のダイニングテーブル、幅は185ｃｍ、奥行きは85ｃｍあって大柄なんです。これでも一枚板でけっこう高級なダイニングテーブルなんです。

　

この家のお父さんとお母さんが、私が居た家具店にやって来て、あちこちテーブルを探していたのです。その時、お母さんが小さい安物のダイニングテーブルを買おうとしたら、お父さんがこう言いました。

　　　

「これからは、お前のご両親と一緒に暮らすのだし、弟の浩次君もいずれ結婚してみんなで一緒に食事する機会が増えるよ。大きな上等のダイニングテーブルにしようよ」それで、お母さんも納得して、私はこの家に来ることになったのです。

　　　

私がこの家に来ると、みんなが私のところに集まっては、お父さんやおじいちゃんが大好きなすき焼きをしたり、お父さんが大好物なカニを食べたり、私の周りにはいつも笑顔がありました。

　　　

ところがある時、おばあちゃんの姿が見えなくなり、浩次君もあまり遊びに来なくなりました。おばあちゃんは亡くなったのです。

　　

みんなが集まることは少なくなったけれど、お父さんとお母さんは毎日私の所で仲良くご飯を食べていたのです。

　　

ある朝、お父さんが私の所でいつものようにトーストを食べて、牛乳を飲んで、「これから社員旅行に行って来るよ」と言って出かけて行きました。

　

その日、お母さんは私の所で独りご飯を食べました。

　

ところが、その次の日も、その次の次の日も、そしてまたその次の日も、お父さんが私の所でご飯を食べることはありませんでした。お母さんは、私を悲しそうに眺めて、おじいちゃんの部屋でご飯を食べたのです。お父さんも遠い世界に行ってしまったのでした。

　　　

それからは夕方になると、お母さんは辛そうに私を眺め、お母さんも私の所でご飯を食べなくなったのでした。

　　　

お母さんは、雑誌、新聞、郵便物、宅配便の箱などを私の上に置くようになりました。もうだれも私の周りには来なくなったのです。

　　　

お母さんも私も寂しく悲しい日が続きました。

　　　

そんな日がどのくらい続いたでしょう。ある日、お母さんは涙を拭いて、私の上のガラクタを整理し始めました。そして、綺麗になった私の上に、パソコン、筆記用具、手帳、ファイル等をきちんと並べました。

　　　　

お母さんはもう私の所でご飯は食べません。でも、毎日パソコンに向かって、エッセイや小説を書くようになったのです。

　　　

そうです！お母さんは作家になったのです！

　　　　

家族の笑顔は見えなくなったけれど、お母さんが書いたエッセイや小説を読んだ人の笑顔が、私の上に置かれたパソコンに集まるようになったのです。その笑顔を見たお母さんにもそして私にもまた笑顔が戻って来たのでした。

　

こうして、私はみんなのダイニングテーブルから、お母さんの書き物机になったのでした。

　　　　

　　　

　　

　　　

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