あなたは江戸初期の食事が、朝食・夕食の二食だったことをご存知ですか?
当時、八つ時に「おやつ」「小昼(こびる)」「間水(けんずい)」と呼ばれる間食を食べていました。
しかし、元禄年間に食事が朝昼晩の三食になり、八つ時(午後2時頃)に間食を食べるようになったのです。
「砂糖が貴重品だった江戸時代に庶民は『おやつ』に何を食べていたんだろう?」興味が湧き、調べてみました。

あなたは江戸末期の庶民はおやつに何を食べていたと思いますか?
▶食事は二食だった
「けんずい」(間食・おやつ) という京ことばについて書いた時、江戸の元禄時代までは、一日の食事は二食だったと知りました。
そのため、朝と昼の間、ちょうど八つ時(やつどき:午後2時頃)に「小昼(こびる)」(または上方の言葉で「間水(けんずい)」)と称する軽食をとる習慣がありました。
それが「おやつ」の語源だと言われています。
▶二食から三食になった二大理由とは?
一日三回食事をするようになったのは元禄時代になってからですが、三食になった理由は二つあります。
《二食から三食になった理由》
1)日本史上最大の火災といわれる明暦の大火で焼け野原になった江戸の街を再建するために、大工や職人などが江戸に集まりました。
肉体労働者は二食では体がもたないため、昼にもご飯を食べるようになり、それが庶民一般に広まったのが最初の理由です。
2)もう一つの理由は、菜種油が安く手に入るようになり、それを使った行灯で人々の活動時間が増えたからです。
それまで行灯の油は魚油でにおいがひどく、部屋中がすすけてしまったのです。なので、明るいうちに仕事をし、暗くなったら寝るという生活を皆が送っていたそうです。
菜種油を使った行灯の普及で、起きている時間が長くなったのです。それで、食事も三回とる習慣がついたというのです。
▶庶民に人気があったおやつ
元禄頃に食事が朝昼晩の三食に定着しました。これにより、食事とは別に、八つ時(午後2時頃)に食べるものが正式に「おやつ」と呼ばれるようになったのです。
さて、それでは、当時の江戸庶民はおやつに何を食べていたのでしょうか?
砂糖が貴重だった時代、「饅頭」や「飴」などは高級品で、庶民の口にはなかなかはいりませんでした。

庶民の間では、下記のようなおやつに人気がありました。
《庶民に人気のおやつ》

✅️焼き芋
✅️かりん糖
✅️芋ようかん
✅️せんべい
✅️だんご
✅️柿や干し柿
✅️栗や焼栗
✅️西瓜やマクワウリ
✅️胡瓜
※安価で水分の多い胡瓜は、塩を振って、水分と塩分補給ができる手軽なおやつ
▶かりん糖の甘味はどうしてつけていたの?
私は江戸時代の庶民が「かりんとう」を好んで食べていたと知って、意外でした。「え? お砂糖は貴重品と違ったの?」と思ったのです。

砂糖は、江戸時代初期〜中期にかけて、福建省から琉球・奄美に黒砂糖の製法が伝わりました。
また、八代将軍吉宗が砂糖の製造を奨励したことにより、四国などで砂糖が作られるようになりました。
しかし、国産されるようになっても砂糖は依然として高級品で薬として使われていました。
そこで、かりん糖の甘味のつけ方を調べてみました。
《主に使われた甘味料》
✅️黒砂糖(黒糖): 徳川吉宗の奨励や、琉球(沖縄)や奄美からの輸入(薩摩藩の専売品)により、白砂糖よりも安価に入手できました。黒砂糖独特の強い風味とコクは、庶民に好まれました。
✅️水飴(みずあめ): 米や麦から作られる水飴は、砂糖よりもはるかに安価で、庶民の主要な甘味料でした。水飴を煮詰めて粘度を出すことで、揚げた生地によく絡みつかせることができました。
✅️少量の上白糖やザラメ: 高級品とはいえ、菓子職人は風味や見た目を良くするために、少量ながらも白砂糖をブレンドして使った可能性もあります。
《かりん糖の蜜の製法》
これらの甘味料を少量の水と混ぜ、釜などで煮詰めて「蜜(みつ)」を作ります。この蜜に揚げた生地を素早く絡め、乾かして仕上げていました。
▶なんで魔がおやつについて調べて感じたことは?
私は江戸時代のおやつについて調べてみて、食事が二食から三食に変わった歴史、砂糖が徳川吉宗の奨励で国産できるようになったことを知りました。
それでも貴重だった砂糖の代わりに、庶民がおやつに果物の自然な甘味を好んでいたこともわかりました。
現在は、精白糖が手軽に入るようになったので、摂取過剰が問題になる砂糖ですが、江戸時代には「薬」だったのですね。

私は、なんでも「なんで?」と思う「なんで魔」なので、いろいろ調べてみてとても興味深く、楽しかったです。
(江戸時代の庶民の「おやつ」~何を食べていたの?~:村川久夢)

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