よい子でない私も愛して欲しかった~母の日に寄せて~

✿悲しくて悔しい思い出✿

「母の日」が近づいたある日、母に対する不満と反感に満ちた思い出が蘇って来ました。私が中学生くらいだった頃の話です。母は近所の人たちと立ち話をしていました。その側を通りかかった私は派手に転んでしまったのです。

 

物凄く痛くて立ち上がれないでいると、母が飛んで来て、いきなり倒れている私の頭を叩いて、「かっこ悪いやろ!気いつけ~!」と怒鳴ったのです。物凄く悔しくて、腹立たしくて、悲しい出来事でした。

 

あの時、母はなぜ飛んできて「大丈夫か?」と言って抱き起こしてくれなかったのでしょう。母は娘の心や身体の痛みよりも、外聞を気にしていました。母はそういうところがありました。

 

✿よい子でなくても愛して欲しかった✿

「わざわざ母の日にこんなネガティブなことを書くかな?」と思わないでもないです。でもあの時の悲しさや悔しさをもう表に出しても良いかなと思いました。本当に悔しかったんです!本当に悲しかったんです!

それに母への不満や反感は、母にもっと甘えさせてほしかった、もっとストレートに愛してほしかったという気持ちに他ならないと強く感じます。

✿生き方が不器用だった母✿

でもね、私はもう大丈夫です。「よい子でない私も私だ」と私がちゃんと私を受け入れているから。よい子でないかっこ悪い私も私自身が愛せるから。自分を愛せるようになったら、母も許せるようになりました。

 

取って付けたようですが、母は律儀で善良な人でした。働き者でいつも美味しい料理を作ってくれました。家の中は綺麗に片付いていました。清潔な衣服を着せてくれました。手芸が得意で私の衣服や雑貨を作ってくれました。手先は器用だったけれど、生き方が不器用だった母の精一杯の愛情表現だったと思います。

 

 

✿母へのメッセージ✿

お母ちゃん、お互い生き方が不器用で、愛情表現が下手やったね。でも、いつも美味しい料理を作ってくれたね。刺繍のブラウスやバッグを作ってくれたね。それに、お母ちゃんは美人で、いつも綺麗やったね。よい子でない私も愛してほしかったけれど、でもね、私はもう大丈夫。母の日にこんなこと書いてごめんね。

 

 

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