ああ、「パッチ」違い~「必死のパッチ」の意外な語源

 あなたは「必死のパッチ」ということばをご存知ですか? ものすごく必死なことを表す関西独特の表現です。

私は「必死のパッチ」の「パッチ」を、防寒下着を表す関西の方言「パッチ」のことだと思っていたのです。

 

パッチ(ズボン下、股引)

「必死のパッチ」が「ものすごく必死」なことを表すとは知っていても、「必死」と「パッチ」がなぜ結びつくのかが、ずっと謎だったのです。

 

「必死」と「パッチ」?

この記事では、「必死のパッチ」の語源をお伝えします。

 

私は超必死な時、「必死のパッチ」をよく使います。実感が込められるからです。でも、語源を知りませんでした。

「なんで『必死』と『パッチ』が結びつくんやろう?」と疑問だったので、調べてみると、「パッチ」はパッチでも、パッチ違いだったのです!

調べてみると、このことばの生みの親は、かつて阪神タイガースの選手だった辻佳紀(つじ よしのり)さんだとわかりました。

辻選手が、守備の際にヘルメットが脱げるほど必死にプレーして、頭の円形脱毛症の部分が「パッチ」のように見えたというのです。

 

必死の守備で円形脱毛症の「パッチ」が見えた!

 

「パッチ」が見えるほど「必死」にプレーしていたことから、「必死のパッチ」ということばが生まれ、広まったとされています。

あくまで通説ですが、関西の野球ファンを中心に長年語り継がれてきた面白いエピソードとして知られているようです。

「必死のパッチ」のパッチは、防寒下着のパッチではありませんでした。パッチワークやパッチテストなどで使われる「当て布」や「部分」を表していたのです!

 

「必死のパッチ」の「パッチ」は「部分」を表していた

ずっと下着だと思っていた私は、目からウロコでした。

 

辻佳紀選手は、1963年に阪神タイガースに入団し、その後、近鉄バファローズ、大洋ホエールズを経て、1975年までプレーしました。

「必死のパッチ」ということばが生まれたとされるのは、阪神タイガースに在籍していた時期、つまり昭和30年代後半から昭和40年代にかけてのことだったのです。

私は昭和36年生まれ、「必死のパッチ」のリアル世代です。小学生の時、特に男子が「オレ『必死のパッチ』やったわ~!」のようにしょっちゅう使っていたのを思い出しました。

 

今でも関西では「必死のパッチ」は使われているようですが、頻度は少なくなり、世代によって差があるようです。


✅️年配の世代(40代・50代以上)

当たり前のことばとして使っている方が多いようです。会話の中で自然に出てくる表現として定着しています。

✅️若い世代(10代・20代)

あまり使わない傾向にあります。ことば自体は知っていても、自分から積極的に使うことは少ないようです。そのため、ピンとこない人も増えていると考えられます。

しかし、阪神タイガースのファンや、お笑い芸人、テレビ番組などでは、今でもユーモラスなことばとして使われることがあり、廃れたわけではないようです。

特に、阪神タイガースが優勝した時などは、新聞やニュースの見出しで使われたり、文脈によっては今も現役で使われ続けているといいます。

 

「必死のパッチ」は、「流行語が関西で定着した」という性質を持ったことばですね。

最初は、辻佳紀選手のユーモラスなエピソードから生まれた流行語でした。それが、テレビやラジオ、新聞などを通じて阪神タイガースファンの間で広まり、やがて一般の関西人の間にも浸透していったのです。

「必死のパッチ」が定着したのは、以下のような背景が考えられるようです。


✅️語感の面白さ

「必死」という真剣なことばに、「パッチ」という少しおどけた響きが加わることで、独特のユーモアが生まれた。面白さを大切にする関西の文化に非常にマッチしていたから。

✅️意味の分かりやすさ

語源を知らなくても、「必死」を強調することばだというニュアンスが直感的に理解しやすい点が、広まる大きな要因。

✅️汎用性の高さ

 仕事や勉強、遊びなど、あらゆる場面で「必死で頑張っている様子」を表現できるため、日常会話に溶け込みやすかったのです。

このように、特定の人物に由来する流行語が、その土地の文化や人々の気質にうまく合致したことで、一過性の流行で終わることなく、今もなお関西の一部で使われ続けることばとなったのですね。

ことばは、こうして生まれて使われるようになり、広がり使われ続ける、あるいは、消えゆくのでしょうね。

「必死のパッチ」から、ことばが生まれる背景や流行り廃りなどを知ることができました。いや~、ことばって生き物ですね。

 

※防寒下着を表す「パッチ」についてはこちらをご覧ください

 (ああ、「パッチ」違い~「必死のパッチ」の意外な語源:村川久夢)

 

 

 

 


 

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2件のコメント

  1. 「必死のパッチ」の語源は、1950年代に大阪のコリアンコミュニティで和語混合口語慣用句として使われていた「必死のパジダ」が日本人に伝播する過程で「必死のパッチ」に転じていったものともいわれている。

    1. 松本さま
      貴重なコメントをありがとうございます。
      私自身も、「必死のパッチ」の「パッチ」は、韓国語の「パジ」に由来するという説を耳にしたことがあり、長く、防寒下着の「パッチ」のことだと思っていました。

      ただ私には、「必死」ということばと、この「パッチ」が、どのような経緯で結びついたのかが、ずっと疑問でした。

      音の響きや、当時の口語表現の中で自然に生まれたものなのでしょうか。
      もしご存知でしたら、教えていただけると嬉しいです。

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