「私はなんと無力で愚かなんだろう」
あなたはそのように感じたことがありますか?
若いころは、そのように感じることを「人生を諦めている」と反発し、「努力すれば向上できる!」と信じ込んでいました。
しかし、還暦を5年も超えると、両親の老いを身近に感じたこと、どんなにジタバタしても、抵抗しても「老い」も「死」も避けられないことを痛感しました。
また、自分自身の老いも実感する今日このごろ。
西本願寺で親鸞聖人の御真影に手を合わせ、魚の形の埋木(うめぎ)を見て、「不完全さ」を受け入れる柔軟さや寛容に深い安心を覚えました。

無力で愚かな自分をありのまま受け入れることが、人生を豊かに生きることに繋がる。西本願寺での体験を元に、そんな気づきを綴ります。
▶親鸞聖人の御真影に手を合わせた静かな時
正面通から見る西本願寺、総門、御影堂門、目隠し門、水吹き銀杏の風景がとても好きです。

御影堂門をくぐり、目隠し門を越えると四季折々の表情を見せる銀杏の大木が迎えてくれます。
いつもは御影堂に上がって、手を合わせることもない罰当たりな私ですが、この日は御影堂に上がって、親鸞聖人の御真影に手を合わせました。
御真影に対面すると、穏やかで静かな時間が流れ、「すべてを受け入れられている」という安心感に包まれたのです。
その時、他を否定せず、寛容な雰囲気の大谷大学で学んだ日々が蘇りました。今から思うと母校には親鸞聖人の教えが色濃かったのでしょう。
小中高と公立学校で、特に高校は成績主義、競争主義の傾向が強かったので、大谷大学に入学した時は本当にホッとしました。
でも、当時は仏教にも浄土真宗にもまったく関心がなく、諦め的な印象に抵抗すら感じていたのです。
▶偏差値やランキングがつらかった時の「救い」
大谷大学は世間一般のランキングや偏差値では、評価が高くない大学です。でも、大学時代、私は特性を認められ、受け入れられて、のびのび過ごせました。
しかし、ある時、大学の後輩が吐き捨てるようにこう言ったのです。
「高校にまともに行っていない不登校の俺でも入学できる三流大学ですよ!」と。
とてもショックでした。大切にしているものを貶められたように感じたのです。
確かに、私のまわりでも、中学高校時代は不登校だったけれど、大谷大学に入学してからは、学校に通えて卒業できたという話を聞きます。
私自身、高校時代の勉強(特に数学)が苦手で、65歳になった今でも「数学がわからないから、高校を辞めたい」と両親に訴えている夢を見るほどです。
それほど、数字で人を測る競争社会がつらかったのです。
高校時代に不登校だった人が、ここは安心できる場所だと感じ、学び続けられるようになった。それは偏差値やランキングでは決して測れない、人間としての「救い」ではないかと思いました。
▶できることを尽くしてすべてをゆだねる
御影堂で静かな安らぐ時間を過ごし、南側の廊下に出ると、床に魚を見つけたのです。

大工さんが、遊び心で床の傷んだ部分を魚の形にしたのでしょうか?
傷んだ部分という「不完全さ」を否定せずに受け入れ、むしろ遊び心で活かす柔軟さ。浄土真宗はそんな遊び心を発揮できる伸びやかな雰囲気がある宗派だったのかもしれないですね。
大学時代はあまり好きになれなかった浄土真宗の雰囲気。
あの頃は「諦め」だと感じていたことは、今は「物事を明らかに見て受け入れる」、つまり「諦観」ではないかと思います。
今の自分にできることを尽くしたら、あとは仏さまにすべてをまかせる。
年齢を重ね、自分がいかに愚かで無力であるかを何度も思い知らされたからこそ、そう思えるようになったのかもしれません。
いつもは上がらない御影堂に上がった功徳なのか、御影堂の廊下から国宝の飛雲閣を見られました。

▶「不完全さ」を柔軟に寛容に受け入れる
現代はAIの進化が著しく、人が正確に覚えて、正確に答えることは、重視されなくなりつつある時代です。
「なぜ?」
「どうしたら解決できる?」
このように考えることが、今後、ますます尊重されるようになるでしょう。
失敗は、点数やランキングが下がることではなく、貴重な経験を得たことととらえられる寛容さや柔軟さが必要とされるのです。
後輩が「三流大学」と自嘲した大谷大学には、今、必要とされる寛容さや柔軟さがあったように思います。
そして、今の教育にはそれが一番求められているとも感じるのです。
御影堂で親鸞聖人の御真影に手を合わせたことで、そんなことを考えました。
あなたも「無力で愚かな自分」を受け入れて、魚の埋木のように、「不完全さ」をあえて生かしてみませんか。柔軟で寛容な目で自分自身を見つめると、ずっと生きやすく豊かに生きられると思います。
(西本願寺での気づき「不完全な自分」を受け入れる~「偏差値」で測れない価値:村川久夢)
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