今日はひな祭りですね。私が生まれた時、祖母が雛人形を買ってくれました。五段飾りでお道具もあるなかなか立派な雛人形です。
私のお雛様は、祖母が買ってくれた雛人形、キットを買って作った木目込人形のお雛様、手持ちのフェルトや端布で作った猫のお雛様があります。
今日は私の思い出のお雛様について綴ろうと思います。
▶一大イベントだった雛人形飾り
子ども頃、2月下旬になると、祖母が買ってくれた雛人形を飾ってもらいました。私はそれがとても楽しみでした。

「お内裏様は右だ!」「いや、京都では左だ!」「雛人形についていたパンフレットでは右だ!」とまずお内裏様とお雛様の位置で一騒動。
三人官女の順番でまた一騒動。五人囃子はどの楽器が何番目か? 右近の橘、左近の桜がどっちだ?
祖母と母は大わらわで、お雛様の飾りつけは、わが家の一大イベントでした。
今から思うと、「そんなに順番にこだわらなくても……」と思うのですが(笑)
狭い部屋にやっと飾り終えたころ、ひな壇の近くの障子を開けて入って来た大柄な祖父がひな壇に障って、やっと飾ったお雛様が壇から転げ落ちるのです。
遊びに来ていた従姉が「雪崩や~!」と叫んだのを覚えています(笑)
▶ひな祭りのご馳走
祖母は行事にはわりと無関心だったので、ひな祭りと言っても、ひなあられを買ってくれるくらいでした。
でも、料理好きだった母はひな祭りになると、錦糸玉子や甘く煮た干し椎茸をたっぷり乗せたばら寿司(田舎ちらし)、身しじみと大豆の煮物、蛤のお吸い物を必ず作ってくれました。

中学生になった時、親しい友人二人を招いて、おひな祭りを祝いました。定番のおひな祭りの食べ物以外に、唐揚げやポテトサラダもたっぷり作ってくれました。
祖母は家に人を招くのを嫌っていて、友だちが家に来てくれたことなどなかったので、とてもうれしかったことを覚えています。
母のばら寿司やポテトサラダがとても美味しかったです。
▶木目込人形の自作お雛様
私が結婚して実家を離れてからも母はちゃんとお雛様を飾って、私の家が近かったこともあり、ひな祭りにはお雛様のご馳走を容器に入れてもって来てくれました。
実は、夫は福井県出身で、結婚する前は滋賀県大津市に住んでいました。私たち夫婦は最初、大津市に住むことになっていたのです。
でも、母がそれに大反対で「大津に住むなら、この話はなかったことにしてもらい!」とまで言い出して、実家から徒歩15分くらいの場所に住むことになったのです。
そんな経緯があったので、母は夫に気を使って、私たち夫婦の家に来てもすぐに帰ってしまうのです。
料理は私たちが仕事に行っている間に、合鍵で家に入って、冷蔵庫に入れて置いてくれました。
私が結婚した時、母は祖母が買ってくれた雛人形を持っていくようにといいましたが、当時、仕事に夢中だった私は、「いらん」と言って雛人形は実家に置いたままだったのです。
結婚した翌年、ひな祭りが近づいた頃のことです。キットを購入して自分作るタイプ木目込人形のお雛様を生協のカタログで見て欲しくなり、自作のお雛様を飾りました。

私は30代で、母もまだ元気で働いていました。そのせいもあって、特別、雛人形への思い入れはありませんでした。
▶手持ちのフェルトと端布で作ったお雛様
働き者で元気だった母は、60代になるとパーキンソン病を患って、だんだん弱り、体の自由がきかなくなったのです。心臓も弱っていて、狭心症の発作も起こしたりしました。
同じ頃、採用20年目を迎えた私は過労とストレスでうつ病を患っていたのです。
母は典型的な良妻賢母でした。たとえば、私が幼い頃、家族が朝起きると、それぞれの枕元に、きちんと畳んだ服や下着が置かれていました。
そんなこともあり、狭心症の発作で母が入院すると、父は自分のパンツがどこにあるかわからない始末だったのです。
毎日でも母を見舞いたい気持ちはありましたが、私は自分自身もうつ病で思うように動けず、気にしながら母を見舞えずにいました。
年末に入院した母は、入院が長引いて、ひな祭りまでに退院できそうもありませんでした。
そんな母を少しでも元気づけたくて、私は家にあったフェルトや端布で雛人形を作ったのです。

母は「なんて可愛いおひなさんやろ~!」ととても喜んでくれて、「うちの娘が作ってくれたんや」と看護師さんに話していたようです。
▶お雛様ブログを書くのに抵抗があった
母が亡くなって約20年経ち、私は65歳になりました。実家が再開発で取り壊された時、弟が実家からお雛様を持って来てくれたようです。
でも、実は最近までそれを知らず、お雛様は実家と一緒に処分されたのだと思っていました。
子どもの頃、幼い弟がひな祭りに
「狭い小さな箱の中♪
一年中を大人しく
春を待ち待ちねんねして
さみしいでしょうお雛様~♪」
と歌ってみんなでしんみりしたことを思い出しました。
ありがたいことに、私はうつ病を患いましたが、すっかり寛解して元気になりました。私は、ずっと平和に暮らしてきました。
実は、お雛様ブログを書くのに少し抵抗がありました。ブログを書く前に、イラン戦争のことをニュースで見たからです。
独裁政権下、イランの人々は諸外国からの経済封鎖などで苦しい生活を強いられていたと聞いています。
その上、アメリカとイスラエルの強烈な攻撃を受けて、たくさんの方が亡くなったという報道も聞いています。
「武力=正義」がまかり通る世界情勢。戦争状態にあるのはイランだけではないのです。
無力感を覚えますが、今、世界で起こっていること、日本が置かれている立場を直視して、「武力=正義」ではないことを自分の軸としてもっていたいです。

(ひな祭りを祝うことに抵抗を感じた夜〜今、戦火の世界に思うこと:村川久夢)

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