京都の夏の夜空を彩る「五山の送り火」は、京都を囲む五つの山に巨大な文字や形が点火される伝統行事です。

「五山の送り火」は、お盆に迎えた先祖の精霊を再び冥府へと送るという、深い宗教的意義を儀式として継承されてきました。
私は、どんなに残暑が厳しくても「大文字」を見ると、「ああ~夏も終わりやな~」と感じます。このように感じる京都人は多いのではないでしょうか。
「五山の送り火」の「大文字」に寄せる思いを綴りました。
◆子ども時代の「大文字」
子どもの頃、8月16日になると、浴衣を着せてもらって、七条大橋でほんの少しだけみえる「大文字」を見たものです。
子ども心にも、夜空に浮かぶ「大文字」を見ると、物悲しいしみじみしたものを感じていました。
でも、実はその頃「送り火」というものを知らなかったのです。また、「五山の送り火」が「大文字」以外にあることもしりませんでした。
「五山の送り火」の「大文字」の起源は、弘仁年間(810~823年)に疫病が流行した際、弘法大師空海が如意ヶ嶽に登り護摩を焚き、玉体安穏を祈ったのが始まりである。
あるいは、弘法大師空海が火で「大」の字を作ったからとされています。(諸説あります)

「五山の送り火」は、「大文字」の他に、西山と東山の「妙法」、西賀茂の船山の「船形」、衣笠の大文字山の「左大文字」、嵯峨の曼荼羅山の「鳥居形」があります。
◆母を送った送り火
私が「五山の送り火」に黄泉の国へ帰る先祖の精霊を送る「送り火」を強く感じるようになったのは、母が亡くなった時からでした。
私の両親と私たち夫婦は、以前は別々のところに住んでいましたが、母がパーキンソン病になり、父一人では介護が難しくなったので、現在の二世帯住宅で一緒に暮らすようになりました。
小さな庭があり、ロフトから「大文字」が見える今の家を母が一番気に入っていました。

ところが母は、パーキンソン病が進行して、ロフトから一度も「大文字」を見ることなく亡くなってしまいました。
母の初盆に父、私たち夫婦でロフトから「大文字」を見たのです。
母が亡くなって落ち込んでいた父は、「大文字」に手を合わせて、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と何度も唱えました。

父の姿から、「『大文字』は亡くなった人が黄泉の国に帰るのを送る火なんだ」と痛感したのです。
◆父と私、愛猫クムと送った夫の精霊
ところが、その2年後、夫が社員旅行先で急死しました。私は、寛解して職場復帰していましたが、夫の急逝でうつ病が一気に悪化したのです。
翌年の8月16日、私は寝込んでいましたが、夫の初盆ということもあり、ロフトから「大文字」を見ることにしました。
父と二人で点火を待っていると、4匹の飼い猫で夫に一番なついていた猫のクムがいつの間にかロフトにきていました。
胸が焼けるように苦しい時期で、「大文字」が点火されて「大」の字が夜空に浮かび上がると、私も父とならんで手を合わせ「南無阿弥陀仏」と唱えました。

私たちの横で、猫のクムもじっと「大文字」を眺めていました。
手を合わせ、目を閉じ「南無阿弥陀仏」と唱えると、焼け付くように苦しい思いが、少しやわらいだように感じました。
◆父も送り火に照らされて
母が亡くなり、夫まで亡くして、うつがとてもつらかった私をいつも黙って優しく見守ってくれた父も、昨年の9月に96歳で亡くなりました。
私の横でお念仏を唱えていた父も、今年は送られる側になったのです。じわじわと父がいない寂しさを感じます。

「大文字」は、無事に黄泉の国に帰れるように父を照らし、寂しさを癒すように私たちを照らしてくれるでしょう。
◆「五山の送り火」は人々の習俗として発展した
「五山の送り火」は、葵祭、祇園祭、時代祭とともに京都四大行事の一つに数えられ、京都の夏の風物詩として広く知られています。
「五山の送り火」は、精霊を送るという意味が深く、多くの人々が火に向かって手を合わせ、亡き人や祖先を思い、生きる者の幸せを願う行為として継承されているのです。

「五山の送り火」は、国家や権力者の主導によって始まったものではなく、地域住民の信仰と生活に深く根ざした民間の習俗として発展したと言われています。
そのため、その起源を明確に記した古い文献が極めて乏しいことも、この行事が地域住民の信仰と生活に深く根ざした民間の習俗として発展したことを示唆しています。
◆精霊を送る火、人を癒す火
毎年、8月16日は、私も黄泉の国に帰って行く大切な人の精霊を送ってきました。
今日、この送り火に送られて、黄泉の国に帰って行く精霊が、百万あるとすれば、百万通りの語り尽くせぬ、激動の生があるのだと実感します。

そして、父の初盆の今年は、「大文字」が送られる精霊だけでなく、送る人の心も癒してくれるのを強く感じています。

「送り火は、亡き人を送る火であると同時に、生きている私たちを癒す火です。今年の『大文字』も、あなたの心をきっと優しく照らしてくれるでしょう。
(【久夢の京都案内帖3】京都の夏を締めくくる『大文字』~精霊を送り生きる人を癒す火:村川久夢)

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