無邪気な少年になった父を思い出す〜父の日に寄せて

今日は「父の日」ですね。「母の日」に比べると少し影が薄いですが。

私もよく「父の日」を忘れて、母から「あんた『父の日』を忘れたやろ。おとうちゃんが、すねてはったで。今からでもプレゼントしいや」と注意されたものでした。

若い頃の父は、説教ばかりの正論人間でした。確かに、真面目で向学心にあふれたいい人でしたが、面白みがありませんでした。

70歳で立命館大学に入学!

「おとうちゃんは、こんな人やったんや~」と父を大好きになったのは、むしろ認知症になって、無邪気な幼い少年のようになってからだったのです。

 

父の認知症が進んだのは、圧迫骨折で3ヶ月入院してからでした。それから施設に入るまで、4年間、父と弟と私、家族3人で暮らしました。

正論人間で面白みがなかった父は、認知症が進むと本当に「無邪気で可愛い老人」になりました。

駄菓子が大好きで、まだ一人で外出できた頃は、よくコンビニへ好きな駄菓子を買いに行っていました。

足腰が弱って歩くのがつらくなると、徒歩5分ほどのところにあるおなじみのコンビニまで、タクシーで行き帰りして、おやつを買いに行っていました。

一人では外出できなくなってからは、私や弟がお菓子を買ってくると、目を輝かせてうれしそうな表情になり、「こうてきて(買ってきて)くれたんか~、おおきに」と手を合わせるのです。

ブランデーケーキもお気に入りだった

深夜2時、3時に「今、目が覚めた。今は昼か? 夜か? ボケてしもてわからんようになった~」と不安そうな表情で夜中に何度も私や弟を起こしに来たりしました。

私や弟が、父を寝室に連れていき、しばらく手を握ったり、さすったりすると、父は安心するのか、また眠りにつきました。

父を一人にすると、「爪を切って」とか「何をしたらいいかわからない」と言って、私のところに来たりもしました。

そんな時は、父がスマホのカメラで一緒に写真を撮るのが好きなので、写真を撮って遊んだりしました。

父が好きな京都の四季を描いた浮世絵の本に、人が何人描かれているかを二人で数えたこともありました。

人が何人描かれているかを数える父

ひとしきり遊んで気が済むと、「もう、おまえの部屋に帰ってもええで。ありがとうな」とうれしそうに言ってくれる、幼い少年のような父。

私も父と遊ぶのがけっこう好きでした。

 

でも、若い頃から一貫して変わらなかったこともあります。

自分のことは自分でするのが当たり前。できなくて人にしてもらったら、心から「ありがとう」と感謝する。

生協の個配や新聞の集金に来てくれた人に、お礼に板チョコをプレゼントするのが大好きでした。

板チョコをプレゼントするのが好き!

ある時、買い置きの板チョコを切らして、たまたま冷蔵庫にあった4本パックの竹輪をプレゼントしたこともあったようです。

竹輪をもらった人は、きっと驚いたことでしょう。

また、人によって態度を変えることはありませんでした。社会的、経済的に力がある人に対しても、ごく普通の人に対しても、誰に対しても誠実でした。

父が圧迫骨折で入院していた時、病室の掃除にきた人やお茶の補給に来た人に、「いつもすんまへんな~おおきに」と手を合わせているのを何度も見かけました。

 

昔は正論ばかりで面白みがないと思っていた父は、本質は同じでいつも優しく誠実な人でした。無邪気で可愛いところは隠していたのでしょう。

父と妹たち(一番右が父、一番左は義姉)

父は苦労の多い人でした。祖父母は再婚同士で、父には聴覚障害のある義兄、精神疾患のある義姉がいました。

祖父母が高齢になってからは、祖父母の介護、高齢になった義兄や義姉の介護も両親がしていました。

その後、パーキンソン病を患った母の介護、頼りにしていた娘の私がうつ病になり、その時も父が世話をしてくれました。

うつ病で寝てばかりだった私に対して、父は一度も非難がましいことを言わず、いつも適度な距離を保って、温かく見守ってくれました。

父の優しさのおかげで、私が元気になって、好きなことをのびのびするようになって、父はやっと安心して、幼い無邪気な少年に帰れたのでしょう。

優しくて誠実で大好きだった父。私は、父にとてもよく似ています。容姿だけでなく、性格も。私も父のように無邪気で可愛く誠実に生きたいと思います。

父と私(そっくり!)

「母の日」に比べて影の薄い「父の日」ですが、父がしみじみ懐かしく恋しいです。私の心に残っている父の姿を綴ってみました。

 (無邪気な少年になった父を思い出す〜父の日に寄せて:村川久夢)

 

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父が人にしてもらったことを素直に「ありがとう」と喜ぶ姿は、私の心に深く残っています。
「ありがとう」と思えることが、どれほど人生を豊かにするか、そんなことを考えながら、以前こんな記事も書きました。

*「ありがとう」と思えると人生が満たされる!感謝がもたらす幸福と満足度の違い

 

 

 

 


 

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