共依存克服の旅~母は母の人生を私は私の人生を生きたい~

 

こんにちは、作家でインナーチャイルドカードセラピストの村川久夢です。母娘関係、母と私の共依存関係の克服は、私の活動テーマの一つです。

 

<母と私の共依存関係>

私は物心つく頃から、苦労の多い母を気遣って良い子であろうとしました。母の自慢の娘になることが私の喜びでした。「お母ちゃんのために」といつも思っていました。母もまた私のために尽し、良い母であることが喜びであったようです。「子どものために」といつも思ってくれていました。

 

一見理想的な私たちの関係は、本当はとても怖い関係で、私の心を蝕んでいました。私は、現在、59才です。「自分の生きづらさをいつまでお母さんのせいにするつもり!」と批難されたことがありました。

 

母と久夢

 

<母との関係を見つめ直す旅>

自分の道を歩き始めた時、母の生きた足跡を尋ね、今一度、母との関係を見つめ直そうと思い、母の故郷を尋ねたことがありました。叔父(母の末の弟)に母の故郷やゆかりの地に連れて行ってもらったのです。

 

叔父から母の実家や母の若い頃の話を聞きながら、滋賀県米原市にある母の故郷に向かいました。母の故郷、滋賀県米原市では母の生家、母が通った小学校、母が遊んだ神社を訪れ、祖父母のお墓参りもしました。母が通った小学校は、今は保育園になっていました。門柱だけがかろうじて残っていました。

母が通った小学校跡

 

母の遊び場だった神社

 

祖父母の墓

<時代に翻弄された母の人生>

1935年生まれの母は、日本が敗戦を迎えた時、小学校の3年生だったと言っていました。先生の指示で「教科書を墨で塗りつぶした」と母が言っていたことが蘇ってきました。母は戦中戦後の過酷な時代に少女時代を過ごしたようです。

 

戦後、母の父(私の祖父)は、食料確保のため当時、国策だった琵琶湖干拓のため開拓団に入団を決めました。私は叔父に連れられ、「入江干拓」と呼ばれる懐かしい祖父母の家があった地域も訪れました。祖父母の家は取り壊され、現在は別の住居が建っています。

 

祖父母の家の近くには干拓記念館があり、排水を行った大きなポンプが展示されているのを見かけました。母は開拓作業にあたる家族のために、幼い頃から食事の用意を任されていたようです。

 

<お母ちゃんのために>

「お祖母ちゃんが百姓仕事でたいへんやさかい、お母ちゃんが代わりに毎日ご飯を作ったんやで」と母がよく言っていました。「お祖母ちゃんのために」と母が度々口にしていたことを思い出しました。

 

干拓地を買った借金、家を建てた借金、祖父や祖母のために、母は中学を卒業すると集団就職で実家を離れ、毎月給料のほとんどを祖父母に送っていました。

 

「お祖母ちゃんが苦労しているさかい、ちょっとでも楽にしてあげようと思って、お小遣い以外給料のほとんどを家に入れてたな・・・」と母から何度も聞いた覚えがあります。

 

母は、その後、祖父母の決めた相手と見合いをして、優しく真面目な見合い相手(私の父)と結婚しました。父は優しく真面目でしたが、父の母(私の父方の祖母)は、たいへん気難しく頑固な人で母は苦労していました。

 

すると今度は、母は私にこう言いました。「あんたら(私と弟)ためにお母ちゃんは辛抱してるねんで」と。

 

父は祖母の言いなりで、母を守ってあげませんでした。私は幼い頃から、敏感にその関係を感じていい子になりました。「お母ちゃんのために」と。

 

<祖母と母、母と私同じループを歩んでいる>

叔父に連れられて、母ゆかりの地を巡りながら、つくづく感じたことがあります。

「お母ちゃん(祖母)のために」「娘や息子のために」「お母ちゃんのために」

 

「祖母と母、母と私、同じループを歩んでいる!」と強烈に感じました。若い頃、私は、「私は絶対に母のような人生を送らない」と母の生き方に強く反発していました。でも、「同じだったんです!」母も私も自分の人生を歩んでいなかったのです。

 

母の人生は戦争、戦後の食料不足への国策であった琵琶湖の干拓事業、集団就職等々、時代に翻弄された人生でした。その中で苦労する祖母を助けようとするあまり、母は自分を失ってしまい、誰かのために生きることが自分の存在価値になってしまったのでしょう。

 

<母は母の人生を私は私の人生を>

私はエッセイや小説をブログで発信するようになってから、私と母のように、相手を思いやるあまり、自分とお母さんの境目がはっきりしなくなった女性の苦しみを感じるようになりました。

 

長い長い間失っていた私の夢、自分の思いを書いて表現発表するという自分の夢を取り戻した今、私は思います。「自分のために生きよう!」と。それが共依存克服の最優先課題だと。

 

そして、母にはこう言いたいと思います。

 

「お母ちゃん、子宮筋腫で二度も手術したり、鬱になったり、本当にいろいろ心配かけたね。本当にごめんな。でもな、私はもう大丈夫やで。例え失敗しても、私は一人で立ち上がれるし。だから、心配せんと、お母ちゃんはお母ちゃんの人生を楽しく生きてな!」

 

「母は母の人生を、私は私の人生を生きる!」それが、母との共依存問題を克服するための最優先課題なのだと実感した旅でした。

 

 

  

 

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