京菓子といえば、千年の都にふさわしく、四季折々に芸術品のような上菓子が数多くあります。けれど、庶民が日々口にしていたおやつは、もっと素朴で身近なものでした。

今日は京都庶民に愛されてきたおやつや食文化について触れてみたいと思います。
◆一日二食から三食へ「おやつ」の誕生
実は、江戸時代初期までは、一日二食が基本でした。「八つ時(午後2時ごろ)」に取る間食を「おやつ」と呼んでいたのです。
三食になったのは、江戸の元禄期でした。明暦の大火復興に当たった人びとが、昼にもご飯を食べ、それが広まったのです。また、行灯(あんどん)用の菜種油が普及して、活動時間が伸びたこともありました。
こうして、一日三食になり、もとは昼食を意味していた「おやつ」が間食を意味するようになったのです。
◆昔の庶民はおやつに何を食べていたのか?
昔の庶民はおやつに何を食べていたのでしょうか?
私は、おやつと言うと「甘い」イメージが湧きますが、昔、砂糖は中国から輸入される贅沢品で、庶民には手の届かないものだったのです。おやつの味つけは、主に塩や味噌、醤油でした。
徳川吉宗が輸入に頼らず、国内での砂糖の生産を奨励したので、次第に砂糖は普及し、甘味が庶民の口にも入るようになったのです。
「甘いおやつ」は江戸時代後半から庶民の楽しみになっていきました。
◆京都庶民のおやつは何だったのか?
では、京の都では庶民は何をおやつに食べていたのでしょうか? 今も人気の歴史を感じるお菓子をあげてみます。
1、あぶり餅 ― 老舗のおばあさんパワーと時代劇ロケ
今宮神社の名物「あぶり餅」も古い歴史を持つ庶民のお菓子です。

あぶり餅は、平安時代に今宮神社が疫病退散を願って行われた祭事「やすらい祭」と深く関係しています。
この祭事の際、供えられた餅を、無病息災のご利益がある縁起物として小さくちぎり、きな粉をまぶして炙り、白味噌のたれをかけて振る舞ったのが、あぶり餅の始まりとされています。
学生時代、私はときどきあぶり餅を食べに行っていました。「一和」と「かざりや」という二軒の老舗が向かい合っています。
どちらのお店のおばあさんも「どうぞ、いっぷくしとおくりゃす」と圧力いっぱいの笑顔で声をかけてくるのです。その迫力に押されて、どちらに入るか迷ったものです。
また、茶店風の佇まいが時代劇のロケ地にぴったりで、『水戸黄門』だったと思うのですが、時代劇の撮影を見かけたこともありました。
炙ったお餅の香ばしさと白味噌タレの甘さが合ったあぶり餅を今でも食べたいなと思います。同じ京都市内なので、「いつでも食べられるわ~」とつい思ってしまうのです。
2、松風 ― 味わい深い焼き菓子は由緒も深かった
子どもの頃、時々、父が亀屋陸奥で松風の切れ端が入ったお徳用を買ってきてくれました。ほんのり白味噌の香りがして、もっちもっちと独特の食感の松風は、地味な見た目とは違って、美味しいのです。
大人になって調べてみると、松風は深い由緒あるお菓子だと知って驚きました。
松風は、織田信長と本願寺が戦った石山合戦の頃、亀屋陸奥が本願寺に兵糧として送ったものが原型なのです。

延暦寺を焼き討ちするような権力者の織田信長と敵対している本願寺に兵糧を送ることは、大変危険なことでした。
京都人は裏表があって、本音を言わないと言われていますが、一旦、「この人は」と信じると、深い絆を結びます。本願寺に兵糧として送った松風からもこのような京都人気質を感じることができるのです。
今も西本願寺の売店でもおみやげとして販売され、「信仰の証」として愛されているそうです。私も大好きで、よくお徳用を買って食べています。
3、八ツ橋 ― 庶民のおやつ「割れ」の八ツ橋
「八ツ橋」と聞くと、今では多くの人がつぶあん入りの生八ツ橋を思い浮かべるでしょう。観光のおみやげとして人気ですが、これは昭和40年代に登場した、比較的新しいものです。

八ツ橋は、江戸時代中期に起源を持つ堅焼き煎餅です。箏曲の祖とされる八ツ橋検校(やつはしけんぎょう)の死後、彼を偲んで、その愛した箏の形を模して作られたのが始まりとされています。

具体的な創業年は諸説ありますが、元禄年間(1688年〜1704年)には既に存在していたと考えられ、八ツ橋の創業は元禄2年(1689年)だという説もあります。
私が子どもの頃、近所の八ツ橋を焼いているお店があって、「割れ」を安く売っていました。それが身近なおやつでした。
祖母に「おばあちゃん、たまには割れてへんのを買うて~」などと言おうものなら、「割れてへんのはお客さん用。内々は割れでええんや! 冥加悪い!」と叱られました。
今は「八ツ橋=つぶあん入り生八ツ橋」と思われていますが、私と同年代以上の人にとっては、八ツ橋といえばやっぱり焼いた八ツ橋だと思います。
◆庶民のおやつに息づく歴史
今も食べられている最古の和菓子は「椿餅」だと言われています。しかし、「椿餅」は貴族しか食べられなかった高級品で、庶民には高嶺の花だったのです。

その頃、庶民は梨や柿など果物の甘みを味わっていました。
現在でも、高級で上品なねりきり(上生菓子)などは、お茶席などで食べられていて、日常のおやつとして食べる人は少ないと思います。

京都の庶民が愛してきたのは、松風やあぶり餅、焼いた八ツ橋、そして干し柿や果物といった素朴なお菓子でした。

素材も作り方もシンプルだからこそ、長い年月を超えて受け継がれ、愛されてきたのでしょう。
60代になった今、私自身もやっぱりこうした素朴なおやつに心が落ち着きます。
庶民のおやつを味わうことは、暮らしの歴史を味わうこと。昔の人びとも同じように、小腹を満たし、ほっと一息ついていたのでしょう。京都の庶民が愛したお菓子は、今も私たちの暮らしの中に息づいています。
(【ああ、京都人】京都庶民のおやつと歴史の小話:村川久夢)

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