こんにちは、村川久夢(むらかわくむ)です。

3日間にわたって連載してきた短編小説『たのんまっせ~価値観がまったく違う夫婦の物語~』も、いよいよ今日が最終話です! パチンコ好きな夫・坂東と、節約と愛に生きる妻・久美子。凸凹な二人が歩んできた10年間の軌跡が、結婚披露宴の祝辞へとつながっていきます。夫婦って、腹立つこともあるけど、やっぱり……ね。
最後まで楽しんでいただけたらうれしいです。
【短編小説】たのんまっせ~価値観がまったく違う夫婦の物語(第3回:最終回)~
(その7)
倹約魔のくせに預金やお金に疎い久美子は坂東の通帳を見て、「この数字のマイナスって何?」と不思議そうに尋ねた。
「俺、金ない! 定期預金を担保にして借りた金や!」
「えええええ~! どういうこと?!」
「借金や!金ない、無いもんは無い!あったら出すわ!」
と答えに窮して居直ってしまった。久美子は血相を変えて
「何を居直ってんの~! 調子に乗って毎日毎日、パチンコ屋に寄付ばっかりしに行って! 日ごろからお金を貯めとかへんさかいに、こういうことになんねんよ!」
「うるさい! 週に1回か2回だけやろ! 毎日なんか行ってへん!」
「なに言うてるの、これを見てみ!」
と久美子が指差したのは台所のカレンダーだった。日付の余白に久美子の几帳面な字で「P」という印がしてあった。久美子はカレンダーに近寄ると、
「あんたがパチンコ屋に寄付しに行った日や!1回2回……」
と久美子は声に出して数え始めた。(ひえ~~!やばい!記録つけとるし!)と坂東はたじたじとなった。
「11回、12回、13回、14回、15回~! 週に1、2回パチンコ屋に行っただけで月に15回になるん?!」
ぐうの音も出ない坂東に、追い打ちをかけるように久美子が言う。
「私が、毎日、お弁当作ってるけど、浮いた昼食代もパチンコにつぎこんで!」
「うるさいわい!金は使うためにあるんじゃ!金は天下の回り物っていうやろ!」
「へ~そうなん、ええこと聞いた。私のとこにもお金を回してよ!」
「人には定めって言うものがあって、世の中は上手く行ってるにゃ。お前は稼いで俺は使うんじゃ!」
弁解しているつもりが、坂東は支離滅裂な理屈をつけて居直り、よけい久美子を怒らせてしまった。
「は~!もう一遍言うてみい! 私が毎日スーパーに行く時間も考えて、半額シールのものとか狙って買って、節約してこつこつ貯めてるのに~! あんたと言う人は、ご飯ばっかりようけ食べてからに!」
(そうか~昨日食べた刺身の盛り合わせも半額シールの口か)とおかしなことに納得しながら、坂東は逃げ道を探した。もこうなると、5匹いる飼い猫どもに当たるか、壁を蹴るしか逃げ道が無い。
「また猫に当たるんか! 壁けるんか!」
(ぐ~先回りされた!くっそー!!)二人の殺気を感じた猫たちは、久美子の後から坂東の様子を伺っている。
(くっそ~猫まで嫁ハンの見方か……)
仕方なく坂東は「P」印のある壁のカレンダーを思い切り殴った。手が痛かったが、久美子の手前痛そうな顔もできない。
「嫌味な奴や! こんなもんつけやがって!」
と捨て台詞を残して寝室に逃げた。さっき壁を殴った手が痛い。
(その8)
翌日久美子は知り合いの家電店でさっそく冷蔵庫を買って来た。おそらく久美子の貯金で買ったのだろう。
坂東が殴ったカレンダーの壁は幸い凹んでもいず無事だったが、坂東の手は数日痛み続けた。
しかも久美子から経済封鎖を言い渡されてしまった。総合口座の通帳とカードを取り上げられてしまったのだ。
次の日曜日、手は痛いは、パチンコには行けないは最悪だった。
仕方なくリビングでテレビを見ている坂東のところに、猫は一匹も近づいてこない。坂東のストレスのはけ口にされないように猫たちは、久美子の側を離れない。しょうことなくテレビを見ていると、
「リビング掃除するし、そこちょっとのいてんか~」
と掃除機をもった久美子がリビングに入ってきた。久美子は節約魔で、しかも整理整頓が大好きな掃除魔だ。
「パチンコにも行かせないなら、家でゆっくりさせてくれよ! なにも俺がリビングにいるときに掃除せんかてええやろ!」
「自業自得やろ!す ること無いのやったら、洗濯物でも干してんか!」
(しまった、いらない事を言わなければ良かった)と後悔したが遅かった。冷蔵庫の引け目もあるので、仕方なく洗濯物を干し始めた。
坂東の同僚の嫁ハンたちは、たいていが専業主婦で、同僚たちは家では縦のものを横にもせずにいるというのに、
「あ~あ~、うちの社員で嫁ハンのパンツなんか干してるの俺だけやろな……。こんな姿、田舎のオカンが見たら泣くぞ! くっそ~! 久美子のやつめ!」
洗面所から台所を見ると、リビングの掃除を終えた久美子が台所を掃除している。
毎週日曜には、電子レンジ、オーブントースター、ガスレンジなど、普段手の回らないところを熱心に磨きたてている。
専業主婦ならともかく、久美子のあの節約パワー、お掃除パワーはどこから生まれるのだろう?
口げんかをすれば、証拠をつかんで理路整然と、しかし火炎放射器のような勢いでまくしたてる。
身から出た錆とはいうものの、経済も久美子にしっかり握られている。5匹の猫たちは全部久美子になついて、坂東によりつきもしない。
「ほんまにおもろない!こんな嫁ハンやとは思わなかった」
テレビのコマーシャルなどで「無料お試し期間」と宣伝しているが、なぜ嫁ハンは「無料お試し期間」がないのだろう?「いまさら、返品もできひんしな~」坂東は二人分の洗濯物を干しながら侘しい気分になった。
独身時代の侘しさとは、また違う侘しさだ。「男って哀しい生き物なんやな~」つくづく思った。
(その9)
おっと、あかん! 披露宴会場で居眠りするところだった。退屈な祝辞を聞いているうちに眠気をもよおしたらしい。
十年前、今日の新郎のように結婚式で鼻の下を伸ばしていた坂東。
プロの手できれいにメイクアップされ、ウエディングドレスを着ていた久美子。式が終わって二人で新居に帰れるのがうれしかった。
仕事を終えて家に帰ると灯りがともって、夕食の準備をして待っていてくれる嫁ハンがいることがうれしかった。
昼休みに「愛妻弁当」を食べるのが、うれしいような照れくさいような。俺にもそんな日があったんだ。
考えてみれば不思議なものだ。久美子は仕事も家事も良くやっている。あまりに貧乏くさくて、辟易することもあるが、倹約して住宅のローンも完済した。
坂東には口うるさく文句ばかり言うが、痩せて死にかけている子猫を見捨てられないで育てているように、根は優しい女だ。
回数は減ったが、坂東のパチンコ好きは今も変わらない。
久美子がしっかりしているのをいいことに久美子の尻に敷かれているふりをして、家の事は何もかも「まかす! まかす!」と久美子に押しつけている。
ありがたいとは思う。すまないとも思う。
しかし、たまに久美子が職場の飲み会や社員旅行で、帰りが遅くなる日や家を空ける日があると、坂東は独身時代に帰って生き返ったような気がした。
「なんで世間の男も女も結婚したがるのだろう?」
(最終話)
いろいろ考えるうちに、坂東が祝辞を述べる番になっていた。坂東は内ポケットから祝辞の原稿を出し、マイクに向かった。
「中村君、真知子さん、結婚おめでとうございます。ご両家の皆様、おめでとうございます。本日はお招き頂きありがとうございます。
ただいま紹介いただきました坂東です。
新郎の中村君とは同じ職場で働いております。中村君は若くバイタリティにあふれる青年です。
新婦の真知子さんはすでにご存知だと思いますが、私たちの仕事はハードで、夜遅くまで仕事に追われています。どうか家庭で彼をしっかり支えてあげて下さい。
ところで中村君、私も十年前新郎の席で参列者の皆様から祝福を受けていました。
その時、私はウエディングドレス姿の新婦が、こんなにもたくましく強いとは夢にも思っていませんでした。
あの日以来、十年、私は強くたくましい妻の尻に敷かれる毎日を送っております。
しかし、私はこれで良かったと思っております。のん気な私とたくましい妻、お互いに足りない所を補い合い、助け合いながら生活しております。
中村君、結婚十年の先輩としてアドバイスできることは、先ほども述べましたが、夫婦がお互い足りない所を補いあい助け合うことです。
夫婦のあり方は様々だと思いますが、補い合い助け合うことを忘れず、二人で新しい夫婦のあり方を求めて行って下さい。
本日はご招待頂きありがとうございます。お二人の末永いお幸せを祈って祝辞とさせていただきます。ありがとうございました。」
紋切り型の祝辞に飽き飽きしていた披露宴参列者に坂東の祝辞は大受けだった。
祝辞の途中には何度も爆笑が起こった。中村のお母さんは、坂東の祝辞に感激してビールをつぎに来た。悪い気分ではなかった。
(そうか~足りない所は補いあい、助け合う。なかなか良いこと言うな~さすが久美子や!)坂東は今日の祝辞の原稿も久美子に書いてもらったのだ。
(「足りない所は補いあい……」か~、俺は久美子に補ってもらってばかりやな。たまに洗濯させられて、パンツを干すくらいはしかたがないかも知れないな~)
坂東は昔、『夫婦善哉』という古い映画をテレビで見たことがあった。映画のラストで頼りない主人公が嫁に向かって
「おばはん、頼りにしてまっせ~」
というシーンがあった。火炎放射のような口攻撃の久美子。貧乏くさい節約魔、徹底したお掃除魔の久美子。
「そうやな~俺が久美子に言うとしたら、『これからもたのんまっせ~』かな」と坂東は思った。
<完>
✒️最後まで読んでくださってありがとうございました。「なんだかんだ言っても、夫婦って……いいな」そんな風に思ってもらえたらうれしいです。
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