今日はひな祭りですね。雛人形は飾られましたか?

「病床の母に贈りし雛人形 母に代わりてわれを見守る 久夢」
入院中の母に少しでも春を感じてほしくて、私が作った手作り雛人形です。短歌は今朝、詠みました。
おひな祭りと母の思い出をエッセイにしました。
<楽しいひな祭り––美味しかった母の手料理>
子どもの頃、三月三日が近づいてくると、祖母が初めての内孫である私に買ってくれた雛人形を飾るのが、わが家の一大イベントでした。
お内裏様が右か左か? 左近の桜と右近の橘、どちらが右か左か? 三人官女の順番、五人囃子の楽器の順番などなど、飾り付けにおおわらわだったのを覚えています。

祖母が台所を仕切っていた頃は、おひな祭りと言っても雛人形を飾るだけでした。
しかし、母が台所を仕切るようになると、毎年、三月三日にはばら寿司(ひなちらし)、蛤のお吸い物、みしじみと豆の煮物を作ってくれるようになりました。
いつだったか、友だち数人を招いて、おひな祭りを祝ってくれたこともありました。
母は料理が好きで、友だちを招いた時は、ばら寿司や蛤のお吸い物以外にも、ポテトサラダや唐揚げやだし巻きたまごなど、こどもが好みそうな料理もたくさん作ってくれました。
母のことを思い出して、しみじみ懐かしくなります。母の思い出には、手作りの美味しい料理がいつも一緒に思い出されます。

母の手作りばら寿司の写真を見た時、「錦糸玉子が分厚くてな~いっぱいのってるんや~! 誰かさんが玉子が好きやしな~」と弟が照れくさそうに言いました。
<料理は母の精一杯の愛情表現だった>
私も一度だけ、手作りのばら寿司に挑戦しました。でも、それ以来、作っていません……。とっても手間がかかるからです。

母はいつも、弟や私の好きな料理を一生懸命に作ってくれました。
弟が好きな唐揚げ、私が好きな小アジの南蛮漬け、どれも母の愛情が詰まっていました。今思えば、あんなに手のかかる料理を、手間を惜しまず作ってくれたことが本当にありがたいと思います。
料理は母の精一杯の愛情表現だったのでしょうね。
<似なくてもいいところが、母に似てしまった>
きっと私は母が大好きなのだと思います。母は、手先はとても器用で料理も手芸も上手でしたが、愛情表現はとっても不器用だったのです。
「お姉ちゃん」の私をしっかりしていて、聞き分けがいいと母は思い込んでいたようで、私には厳しかったのです。甘ったれな面がある弟は、けっこう母に甘やかされていました。
子どもだった私には、それがどうしても納得いかず、こじらせたままで大人になってしまいました。私はきっとマザコンこじらせ長女なのだと思います。愛情を表現するのが苦手な母に愛されていないと思い込んで、母に対する感情が複雑でした。
「母を許せない」と思ったり、「親子でもわかり合えない人もいる」などと息巻いたり……。
それはきっと母への愛情の裏返しなのでしょう。私も手先はまあまあ器用なのに、愛情表現が不器用なところが母に似てしまいました。
母の枕元にずっと置かれていた手作り雛人形を見て、「似んでもええのに、へんなとこだけ似て!」と母が笑っている気がしました。
でも、そんな母の笑顔には、たくさんの優しさと愛がこもっていたのです。
ひな祭りに母の思い出がよみがえる方も多いかもしれませんね。あなたのひな祭りの思い出はどんなものですか?
(エッセイ「手作り雛人形と母のばら寿司」:村川久夢)

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