(改稿版)短編小説「いい子が嘘をついたわけ」

 



先日のブログで 「インナーチャイルドを癒す旅の途中」 を書きましたが、その中で私が幼い頃、「嘘をついた」エピソードが出てきました。今日は、その出来事を短編小説として綴った『いい子が嘘をついたわけ』をお届けします。

 

この物語が、誰かの心にそっと寄り添うことができれば嬉しいです。


 

   

短編小説「いい子が嘘をついたわけ」

目が覚めると、ため息がこぼれた。もう朝か。また何も変わらない一日が始まる。何をしても報われない。努力しても無駄な気がする。そんな気持ちが、ずっと心のどこかにこびりついている。

 

なんとかベッドから降りて、洗面所に向かう。鏡のなかには、卵型で色白のゆで卵のような顔に、小さな目、鼻、口が、真ん中にキュッと集まった顔が映っている。少し、疲れ気味かも知れない。

 

美羽は、奨学金を使って大学をやっと卒業した。食べていくために、好きでもない仕事を毎日続けて、もう二十六歳になる。

 

––だからと言って、何が好きかわからない。望む前に、「私には無理よ……」と何でもすぐに諦めてしまう。何のために生きていくんだろう……。

  

朝からため息ばかりつきながら、美羽は家を出た。駅に向かう道を歩いていると、花屋の店先に若い母親と小さな花束を大切そうに持った五、六歳の女の子が立っているのを見かけた。

  

女の子は、母親に結ってもらったのだろう、長い髪を三つ編みにしていた。淡いピンク地でフリルのついた可愛いワンピースもよく似合っている。花束を買ってもらってうれしそうな女の子を母親が、優しい笑顔を浮かべて見つめているのだ。

  

美羽の心の奥で、小さな何かが締めつけられるような感覚があった。懐かしいような、でも、切ないような––。

  

––どうして涙が出そうになるんだろう?

  

美羽は奥歯を噛みしめて、ぐっとこらえた。人前で泣いてはいけない。そう躾けたのは、美羽の母親だった。

  

美羽の母は、美しいが、とても厳しい人でもあった。たとえば、美羽が少しでもおかしな箸の持ち方をすると、きちんと持てるようになるまで、何時間でも正座させて説き続けるのだ。幼い美羽にとって、箸を正しく使うことはとても大変なことだったし、正座はつらかった。

 

だが、少しでも嫌そうな顔をすると、母はもっと厳しく説教し始める。

  

幼い頃、美羽は、あの女の子のように髪を三つ編みにすることに憧れていた。美羽が三つ編みの女の子をうらやましそうに見ていると、母は言った。

  

「自分で結べるようになるまで、髪なんて伸ばさせないわよ」

「三つ編みかわいいな……」

「お母さんは忙しいんだから。あんたの髪になんか、かまっている暇はないのよ」

  

美羽にとって「母」とは「いつも自分を叱る人」だった。決して甘えさせてなどくれないのだ。

  

ほどなく美羽の勤める会社のビルが見えた。会社に着いてすぐ、女性上司に呼び止められたのだ。四年間、働いている会社だが、美羽は今でも、大人の女性を目の前にすると体がすくんでしまう。

  

「美羽ちゃん。この書類、お願いできる?」

「はい! 営業用に仕立て直しておきますね」

「いつも助かるわ。仕事も早いし、気立てもいいし」

「そんな……私なんて」

  

美羽がそう言ってうつむくと、女性上司は顔をしかめた。

 

「美羽ちゃんは『私なんて』が口癖だね。こんなにいい子なのに」

  

「いい子」––まただ。小さい頃から、母の期待に応えようと、いつも「いい子」でいなければならなかった。でも、その「いい子」って、一体なんだろう?

  

「お盆には帰ってくるか?」と父から電話があったのは、美羽が帰宅した少し後だった。

  

急いで電話に出たが、父の電話の背後に、母が皿を洗う音が響いて、美羽は体が硬くなるのを感じる。

  

「会社が忙しいかもしれないから……」

「有給を取ればいいだろう」

「そうだけど……」

  

歯切れの悪い美羽に、父は困ったようにこう告げた。

  

「お前には何不自由ない暮らしをさせたはずだよ。何が不満でなかなか帰って来ないんだ」

  

美羽は答えられなかった。親に反抗してはいけないと強く教え込まれていたから。

   

疲れ切ってベッドに倒れこんだ美羽が目覚めたのは、深夜二時のことだった。

  

暗闇の中に、ふと何かを感じた。カーテンの隙間から差し込む月明かり。その中に、小さな影がぽつんと立っている。美羽はゾッとした。

  

––夢を見ているのか? 寝ぼけているのか? 

  

目を凝らして暗がりを見た。そこには、五、六歳の女の子が立っているではないか! 女の子はチェックのプリーツスカートを履いて、丸襟の白いブラウス、紺色のブレザーを着ていた。どこかの幼稚園の制服だろう。髪はワカメちゃんのような髪型だった。

   

「あなたは誰?! どこから入って来たの?」

「わからない……。ごめんなさい。おねえちゃん。怒らないで。ごめんなさい」

  

女の子は、泣きじゃくりながらそう言ってスカートを握りしめている。こんなに小さな子が、「ごめんなさい」なんてずっと言っている姿に胸が痛んだ。

  

女の子の制服も髪型も見覚えがある。けれど、それをどこで見たのか、美羽は思い出せなかった。

   

「ねえ、泣かないで。一体、なにがあったの?」

「私が悪いの……」

「そんなことないよ。話してごらん」

「でも……」

「大丈夫よ、私は叱ったりしないよ」

   

美羽は自分を抱きしめるかのように、その女の子に寄り添った。「幽霊かもしれない?」とも思ったが、恐怖よりも泣いている女の子への哀れさが勝った。

   

「私、お母さんが言うことちゃんと聞いてる。お手伝いもしてる。ワガママも言わない」

「うん」

「欲しいものがあっても、お母さんが困るから言わないの。いつも『いい子』にしてるのに……」

「うん……」

  

それは、『いい子』なのだろうか。『我慢している子』なのではないかと思ったが、美羽は口には出さなかった。今は、話を聞いてあげるべきだと思ったから。

  

女の子は、一生懸命に美羽に訴え続けている。

  

「でも、私、お母さんに嘘をついてしまったの……」

「嘘を?」

「ミーヤンはやっぱり『悪い子』なのかな……」

  

美羽はハッとした。幼い頃、美羽はみんなに「ミーヤン」と呼ばれていたのだ。

  

そういえば、女の子の制服は美羽が幼稚園児だった頃に着ていた制服に似ているような気もする。その頃、美羽もワカメちゃん頭をしていたのだ。

  

「ミーヤンはレイコ先生が大好きなの。優しいしお歌もピアノも上手で」

「そういえば、そうだったわ……」

  

美羽は、子どもたちに大人気だったレイコ先生のことをぼんやりと思い出した。レイコ先生にかまってほしい子は多くて、レイコ先生の姿を見かけるとみんな駆け寄ったものだった。

  

「お友だちが、素敵な花束を持って来て、レイコ先生に渡していたの。レイコ先生は『まあ、綺麗ね。ありがとう』と言って、うれしそうに花瓶に花を生けて、教室に飾ってくれるの」

  

「そういえば、毎週のようにお花を渡していた子もいたわね……」

「ミーヤンは、レイコ先生のうれしそうな顔を見るのがね、大好きなんだ!」

  

美羽は、毎週のようにお花を渡せるお金持ちの弥生ちゃんが羨ましかったことを思い出した。自分もレイコ先生にかまってもらって、「美羽ちゃん、ありがとう」と言って欲しかったことも少しずつ思い出されたのだ。

  

「それで『花束が欲しい』ってお母さんに何度も何度もお願いしたの」

「自分では買えないものね」

「でも、お母さんは『絶対ダメ。無駄遣いよ』って……」

   

ミーヤンの話を聞くうちに、美羽は少しずつ幼い頃の自分を思い出したのだった。あの頃の冷たくつらい日々の記憶が脳裏によみがえってくる。

  

「ミーヤンはね、お母さんに嘘をついたの」

「嘘を?」

「『先生が、順番にお花を持って来なさいと言われた』とお母さんに言ってしまったの」

「そうだったわね……」

  

美羽はお母さんに嘘をついたことをハッキリ思い出した。お母さんは、渋々、安い花束を買って持たせてくれたのだ。美羽はやっと花束を先生に渡すことができたのだった。

  

「レイコ先生は『まあ綺麗ね! ありがとう!』と言って、いつものようにうれしそうに花を生けて教室に飾って下さったの」

「そうだったよね」

「ミーヤンはとても幸せな気持ちだった。でもね……」

「そうね『でもね……』だよね」

  

美羽のお母さんが、幼稚園に電話をかけて「順番にお花を持って来なさい」と本当に先生が言われたのかを確かめたのだ。彼女は子どもが嘘をつくのが許せなかった。

  

その日、家に帰った美羽は、嘘をついたと言ってお母さんにきつく叱られたのだった。

  

「あなたは嘘をつく子なのね! 情けない……」

「だって……」

「言い訳はいいの。嘘つき!」

  

––すっかり忘れていたけれど、確かにそんなことがあった。ミーヤンはやっぱり幼い頃の私なんだ……。

  

美羽に幼い頃の悲しい記憶が蘇った。

  

「ミーヤンは、先生の喜ぶ顔が見たかっただけなのに」

「そうよね……。お母さんはいつも厳しくて、笑ってくれなかった。だから、レイコ先生には、笑ってほしかったんだね」

「うん……」

  

「そうよね、ミーヤン。いつもねだったりしないミーヤンがねだるなんて、よっぽど欲しかったんだよね」

「うん……」

「お母さんは、どうしてわかってくれなかったんだろうね」

  

幼い頃の悲しさ悔しさが美羽の心に蘇った。

  

「お母さんは、いつも『あれはダメ、これはダメ』って。だから、わたしはずっと我慢して諦めたの、全部。あの花束以外は……」

「全部諦める……」

  

その時、「そうだったのか!」と美羽は納得したのだった!

    

「すぐに諦めてしまう」「欲しいものがわからない」「何がしたいのかわからない」、美羽は自分のそんな性格の由来が理解できた。

  

パズルのピースがピタッとはまったようなそんな感覚だったのだ。

  

「ミーヤン、長い間、我慢させてごめんね。でも、もう大丈夫、あなたには私がついているから!」

「そうなの……?」

「うん。もう我慢しないで願い事があったらなんでも言って、私が叶えてあげるから」

「でも、お母さんに怒られる……」

「大丈夫、私が守ってあげるから」

  

美羽がそう言うと、ミーヤンは安心したようににっこり笑った。

   

「おねえちゃん。ありがとう」

「うん……。大丈夫よ」

「ほんとう?」

「うん。私が……。私がミーヤンの味方になるから。もっとミーヤンを大事にするからね」

  

そう告げると、ミーヤンはきょとんとした顔をして、ゆっくりと暗闇のなかに消えたのだった。

   

望む前にすべて諦めてしまうことも、好きなことがわからないことも、やりたいことが見つからないことも、自分自身ではどうしようもない自分の生まれ持った性質なんだと思っていた。

   

でも、幼い日の自分自身の悲しかった気持ち悔しかった気持ちを共感して理解してあげる。幼い美羽の願いを叶えてあげることが、今の自分の悩みを解決するのだと美羽は感じたのだった。

  

––ミーヤンの願いを叶えることは、私自身が本当に生きたい人生を生きることなんだ!

   

あたりが明るくなって、部屋に朝日が差し込み始めた。

   

美羽は昨日の花屋で素敵な花束を買ってあげようと思った。ミーヤンが本当に欲しかったもの。それを今の私が買ってあげる。

  

あの日、自分では手にできなかった小さな花束––それを、私が届けるんだ。幼いミーヤンと自分の今のために。

  

––私はもう諦めない。この手で未来を選び取る。

  

 

(完)

 

 

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 インナーチャイルドを癒す旅の途中––過去を手放し、未来へ羽ばたく

 

 

 



小説「いい子が嘘をついたわけ」でも描いたように、私たちの心には、幼い頃に傷ついた インナーチャイルド がいます。

   

「もう過去のこと」と思っても、ふとした瞬間に悲しみや怒りがよみがえることはありませんか? それは 心の奥の小さな自分が気づいてほしいと叫んでいるサイン なのかもしれません。

 

このブログでは、インナーチャイルドを癒し、愛し、受け入れることの大切さについて書きました。ブログは、上記リンク、またはタイトル画像をクリックしてご覧下さい。


 

 

 

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