「しっぽくうどん」をごぞんじですか?
「しっぽくうどん」は、甘く炊いた椎茸、蒲鉾、湯葉や板麩、三つ葉などの具が乗せられた、彩り豊かなうどんです。

京都のうどん屋さんでよく見かけるので、京都発祥かと思っていましたが、その起源は意外なところでした。「なんで魔」の視点から、その由来を探ります。
▶しっぽくうどんのルーツ「卓袱料理」とは?
「しっぽくうどん」は、京都のうどん屋さんでよく見かけるので、京都発祥だと思っていました。でも、調べてみると、発祥は京都ではありませんでした。
「しっぽくうどん」の語源は長崎の郷土料理「卓袱料理」だったのです。
《卓袱料理」とは?》
卓袱料理は、鎖国時代に唯一開かれていた国際貿易港である長崎で、外国の文化と日本の文化が交わって生まれた国際色豊かな宴会料理です。

「中華料理」からは、角煮、春巻き、ふかひれなどの調理法と、円卓を囲む大皿料理のスタイル。
「オランダ料理(西洋)」からは、コンソメスープや洋風の肉・魚料理の一部。
「日本料理」からは、魚介類を中心とした日本の食材や、刺身、吸い物など、懐石料理の要素。
これら中華・オランダ(西洋)・日本の料理は、長崎で融合して卓袱料理が生まれました。

卓袱料理の中には、麺の上に具材をたくさん乗せた一品があり、これが「しっぽく」ということばとともに上方へ伝わる土台となりました。
▶長崎の卓袱料理が京・大坂へ伝播
長崎で生まれた和・蘭・漢が融合された「卓袱料理」は、江戸中期に海路を通じて上方(特に大阪)に持ち込まれ、洗練された「上方料理」の影響を受けました。



上方では、この具沢山のスタイルが、うどんやそばに応用されて「しっぽくうどん」として定着したと考えられます。
京・大坂のうどん屋がいち早く「しっぽくうどん」を売り出し、これを江戸の蕎麦屋さんがアレンジして、「しっぽくそば」になったようです。
▶全国に伝播した「しっぽくうどん」
京都では、椎茸、かまぼこ、筍、湯葉、板麩などを具材として彩り豊かにして、現在でも「しっぽくうどん」と呼ばれています。
大阪では、たくさんの具材を漢方薬の「加薬(かやく)」に由来して「かやくうどん」と呼ばれるようになりました。
東京では、具材で縁起の良い「おかめ」の「顔」を表現して「おかめうどん」と呼ばれるようになったのです。
▶「なんで魔」の結論!時代と土地に合わせて進化する食文化
しかし、きつねうどんなどに比べて、しっぽくうどんが注文されることは少なくなっているそうで、そもそもしっぽくうどんがメニューにないお店も増えているようです。
私の隣のテーブルで食事していた若い男性3人は、カレーうどんを食べていました。

「カレーうどん」も1908年(明治41年)頃、東京の「三朝庵」が、洋食屋に奪われた客足を取り戻そうと考案したものが起源とされています。
「カレーうどん」も「カレーライス」同様、すっかり定着していますよね。今は、しっぽくうどんより、カレーうどんの方が定番メニューになっているようです。

ちょっとオーバーかも知れませんが、「こうして食文化は伝わり、その土地や時代に合ったようにアレンジされて、変化して多様になるんやろうな~」と「なんで魔」の村川久夢は実感したのでした。
(【ああ、京都人】「しっぽくうどん」とは?~食文化の伝播~:村川久夢)

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