✿気の利かない子✿
「あんたはホンマに気がきかん子や!」
私は周りの大人、
特に生粋の京女だった祖母に
そう言われ続けて育ちました。
お客さんが来はったら、
「さっとお座布を出せんでどうすんの!」
お座布を出したら、
「さっさとお茶出さんかいな!」
お茶を出したら、
「煙草吸おうとしてはるやんか、
さっさと煙草盆ださんとアカンやんか!
いちいち言われんとわからんのか!
ホンマにあんたは気のきかん子や!
鈍(どん)な子や!」
あんたは気のきかん子や!
あんたは気のきかん子や!
あんたは気のきかん子や!
呪文のように言われ続けました。
私はおどおどしていつも緊張していました。
必死で大人の顔色を伺いました。
✿気の利くよい子✿
いつの間にかお客さんが来られたら、
さっと座布団を出して、
話し込んで行かれそうな時は、
お茶を出して、
煙草を吸われそうだったら、
煙草盆を出すようになりました。
お客さんが、
「よう気のきく子やな~」
と誉めてくださると、
祖母は間髪をいれずにこう言いました。
「鈍(どん)な子で、
大人しいだけが取り柄ですねん」
こういう環境で刷り込まれたことは、
私の習性になってしまいました。
誰かに出会うと反射的に
その人の顔色を伺ってしまうのです。
驚くべき素早さで
気のきくいい子になってしまうのです。
祖母は何十年も昔に亡くなりました。
私は成人すると当てつけのように
やりたいことをしました。
でも何をしても苦しさを感じました。
心から楽しさを感じられませんでした。
生きづらさから逃れることができませんでした。
すぐにまわりの様子を気にしてしまう。
すぐにまわりの評価を気にしてしまうのです。
✿生きづらさの正体✿
最近になってやっと
自分の生きづらさの正体がわかりました。
気のきくよい子でなければ
生きて行くことができず、
ずっと自分の感情を
押し殺して来たからです。
それが私の生きづらさの正体でした。
よく考えてみると
私はずっと私自身ではなく
祖母を理解しようとしていたのです。
「お祖母ちゃんにも事情があったんやし、
お祖母ちゃんの立場もわかるし」と、
大人の都合に合わせて考えていたのです。
でももやもやしてスッキリできませんでした。
心の中にしこりが残っていました。
でも生きづらさの正体がわかると、
ものすごく気持ちが楽になりました。
でも悲しい習性を克服するには、
なかなか苦戦しました。
✿悲しい習性の克服✿
「大人にとって都合がいいことが
そんなに大事やったん?!
子どもが感じてることは
どうでもいいん?!」
理不尽な扱いをされたと思うことを
エッセイや掌編小説に書きまくりました。
言いたかったけれど言えなかったことを
必死の思いで書いたのです。
幼い日の悲しみや生きづらさを
書くことで自分の気持ちを整理しました。
書くことで失った自分を取り戻したのです。
私は少しずつこういう経験を重ね
悲しい習性を克服して来たのです。
私が自分を取り戻すのに
半世紀以上の時間がかかりました。
悲しい習性を克服するのは
大変でした。
私は今、必要ならば
気を利かせることができます。
でももう必要以上に人の顔色は見ません。
人の評価に振り回されません。
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