愛は障害を超えるのか?~映画『愛は静けさの中に』

 映画『愛は静けさの中に』をご存知ですか? 

ウィリアム・ハートとマーリン・マトリン主演で、1986年に公開された映画です。40年近く前の映画ですね。

 

『愛は静けさの中に』

 

この映画を見た時、「愛は障害を超えるのだろうか?」と真剣に考えました。

当時、30代だった私には、その答えを見つけることができませんでした。

あなたはどう思いますか? 「愛は障害を超えられる」と思いますか?

 

「愛は静けさの中に」は、小さな港町にある聴覚障害者の学校が舞台です。

話し方を指導する教師として赴任したジェームズと、そこで掃除人として働く聴覚障害者サラとの出会いと愛を描いています。

ウィリアム・ハートがジェームズを、マーリン・マトリンがサラを演じていました。

この映画を見て、「愛は障害を越えることができるのか?」と真剣に考え、答えを求めるように何度も録画したビデオを見ました。

当時は、まだVHSの時代だったので、ビデオテープが擦り切れるのではないかと思うほど何度も。

サラに唇を読ませ、声が出るようにさせ、社会に出させようとするジェームズ。頑なにそれを拒むサラ。二人は愛しあいながら、お互いの気持ちを理解できずに苦悩するのです。

 

この映画を初めて見た時、私は30代で信念に燃える教員でした。

「障害があっても、自立し尊重される社会を!」「物事を自分の目で見て、考えられる生徒を育てる!」と。

 

 

そんなこともあり、この映画を見ていた時も、「サラに障害があっても、訓練して機能を補い、社会に出て自立すべきだ!」と考えていました。

あの頃の私は、同じ教育者であるジェームズの目線でサラを見ていたのだと思います。

「なぜサラは声を出すことを頑なに拒むんだろう」と疑問で、「愛は障害を超えられるのか?」という問いの答えも見つけられなかったのです。

 

改めて、なぜサラは声を出す訓練をして、社会に出ていくことを拒んだのかを考えました。

サラは、過去に健常者と関わろうとして深く傷ついていました。

人と関わらなくてもいい掃除人の仕事を選び、社会と接触しようとしませんでした。

そんな彼女がやっと心を開いたジェームズ。ところが、彼は「強いる」と言ってもいいほど、サラに声を出させようとしたのです。

そんなジェームズに彼女は怒りを爆発させ、絶望するのです。

自分の苦悩を一番理解してほしいジェームズが理解しないことが、彼女の激しい怒りや絶望につながったのだろうと今は思います。

 

改めて考えていて、うつ病で引きこもっていた頃の自分を思い出しました。

「家に引きこもってばかりではダメ」「天気の良い日は外にでないとあかんよ」と言われると、自分でもそれはわかっているけれど、私は人が怖くて寝室に引きこもっていました。

玄関に新聞を取りに行ったり、宅配便を受け取ったりするのさえ苦痛だったのです。

あの頃、そんな苦しい気持ちを理解されないのがとてもつらかった。

サラは「声を出させる」ことではなく、「声を出したくなったら、いつでも協力するよ」と待ってほしかったのではないでしょうか?

 

セラピストになったばかりの時、「心に寄り添うセラピストになりたい」と思っていました。

でも、あの頃の私は「『心に寄り添う』ということを、どこまでわかっていたのでしょう?

私がうつ病でつらかった時、「ゆっくり休んだらええよ。寝たかったら、寝られるだけ寝たらええで。欲しいものがあったら何でも言いや」と父が言ってくれたことが思い出されます。

父は一言も非難がましいことを言わず、適度な距離を保って黙って見守ってくれたのです。父の無条件の愛が、うつ病を病む私の心を癒してくれました。

 

父が温かく見守ってくれた

 

今は、「心に寄り添う」とは、適度な距離を保って、温かく見守ることではないかと思います。

 

30代の私は、映画のラストで二人が静けさの中に佇む意味が、正直わかりませんでした。

私は「これが愛だ」「これが正解だ」という、目に見える答えを求めていたのでしょう。

でも、今は傷を抱えた人が、自力で立ち上がろうとできるように「心に寄り添う」ことが、一番の癒しだと思うのです。

セラピスト作家となった今、私は心に傷を負っている人が、「この人は私を理解して、見守っていてくれる」と感じられるエッセイや小説をブログで発信したいと思っています。

映画のラストシーン、静けさの中で二人が寄り添う姿は、サラが自分から声を出したいと思い、ジェームズの愛に応えられるまで、静けさの中で待つことを象徴しているのではないかと思います。

 

 

今は、愛は障害を超えられるのではないかと感じています。

(愛は障害を超えるのか?~映画『愛は静けさの中に』:村川久夢)

 

 

 

 

 

 

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