《小説紹介》
「あの日、枳殻邸で交わした母との約束。凍てつく冬を越えて咲く梅の花に、未来は自分を重ねていた」
こんばんは、村川久夢です。今日は、2022年に執筆した短編小説『京都 花の御法度』を改稿してお届けします。
舞台は早春の京都。
母を亡くし、孤独を抱えた主人公・未来(みらい)が「いけばな」の世界で運命的な出会いを果たします。師弟の恋、伝統の壁、そして自分らしく生きるということ……。梅の香りが漂うような物語を、どうぞゆっくりとお楽しみください。
【短編小説】京都 花の御法度〜伝統の壁も運命も超えた魂の共鳴物語〜

1
「知ってるか、未来(みらい)。梅はな、一番寒い時期でも美しい花を咲かせるんやで。おかあちゃんは、未来にもそう生きてほしいわ」
母がそういったのは、京都・東本願寺の別邸・枳殻邸(きこくてい)だった。ちょうど十年前になる。その頃、未来はまだ小学生だったので、母のことばの意味はよくわからなかった。
だが、志望大学に合格したことを報告しに来た今、早春の明るい空と冷たい空気と相まって、母が未来にどんな人生を歩んで欲しかったかが、理解できた。
「おかあちゃん、私、おかあちゃんと同じ大学に受かったよ」
未来は、亡き母に報告するかのように枳殻邸の梅にささやいた。目に涙を浮かべてささやく未来のことばを聞いていたのか、梅見物をしていた中年の男性が近づいて来て言った。
「ほう。それはおめでとうさん」
「あ、聞こえてましたか……」
未来は驚いて恥ずかしそうにしたが、男性はことばを続けた。
「お母さんは……」
「亡くなりました。十年前に……。母が枳殻邸の梅が好きやったので、報告に来たんです」
「そうでしたか……。梅はよろしいな。そうや、お嬢さん、生け花の梅を見てみませんか」
「生け花?」
「今、大書院『閬風亭(ろうふうてい)』で生けさせてもろたんです」
大書院「閬風亭」は、許可がないと入れない。そこに入れると聞いて、未来は心が躍った。
未来は大書院「閬風亭」に案内され、床の間で竹の筒に生けられた梅を見た。
たわめられた梅の枝は美しいカーブを描き、梅林の自然な姿とはまた違う洗練された美しさだった。あのおじさんの手で梅の美しさが引き出されたのだろう。
「素敵!」
「おおきに。生け花の梅もええでしょ」
未来の心は生けられた梅の美しさに触れて弾んでいた。だが、義母・理恵(りえ)にも結果を報告しないといけないことを思い出すと、気が滅入った。
未来の父・和彦(かずひこ)は、生母・明日香(あすか)が亡くなった翌年、理恵と再婚した。
再婚の翌年に、弟の悠人(ゆうと)が生まれた。理恵は未来の面倒も見てくれたが、心の距離ができたことも間違いはなかった。家に帰ると、理恵は悠人が好きなハンバーグを作っていた。
「お母さん、第一志望、合格やったよ」
「よかったな、ずっと行きたがってた大学やさかいな」
実感のこもらない声で義母は言った。理恵にとっては未来の大学合格より、悠人の好きなハンバーグ作りの方が大切なのだろう。
友だちはお母さんが合格祝いのごちそうを作ってくれると言うのに……。
母・明日香が生きていたらお赤飯を炊いて、未来が好きな海老芋の唐揚げやだし巻き玉子を作ってくれただろうに。理恵は悠人が好むお子様向けの洋食ばかり作るのだ。
父・和彦も未来にはあまり関心がない。
枳殻邸で出会った名前も知らないおじさんしか、合格を喜んでくれる人はいないのかと思うと、気持ちが沈んだ。
枳殻邸で見た生け花の梅が蘇ったのは、その時だった。
春に先駆けて咲く梅は、いつでも凛として美しい。
自分にはない強さを持っている梅が生け花になると、洗練された美しさと強さを漂わせていた。
――生け花って、私でもできるんかな。
生け花のことを調べると、近所の「御幸花店(みゆきはなてん))で華道教室が開かれているのを知った。
――習ってみたい。そして、強くなりたい。どんな冬にも負けへん梅みたいに。
未来は決意した。何事にも聞き分けがよく、大人しい未来が初めて望んだのが生け花だったのだ。
未来は大学入学を機に、御幸花店の華道教室に通い始めた。
緊張しながら初めて教室に入ったとき、未来は目を見張った。なんと枳殻邸で出会った生け花のおじさんがいたのだ。
「いやぁ! 生け花のおじさん!」
「ああ、梅林で出会ったお嬢さん! 私は北小路泰明(きたこうじたいめい)といいます。御幸さんに代わって、この教室で教えさせてもろてます」
「高辻未来(たかつじみらい)といいます。おじさんの、いえ、泰明先生の梅の生け花を見て、私も生け花を習ってみたくなって、この教室にきました」
御幸花店の店主は、明王寺未生流(みょうおうじみしょうりゅう)家元・北小路泰明の直弟子だった。
後に店主は泰明がこの教室で教えている理由をこっそり未来に教えてくれた。
「お家元の教室に稽古に来ゃはるお弟子さんは、泰明先生の御指導そのものより、明王寺未生流家元のお稽古を受けてるのを自慢にしてはる弟子さんが多おすねん」
「ほんまですか……」
「泰明先生は、『華道に触れるのは初めて』と言うお人に教えることに意義を感じるって言わはりますのや」
こうして、未来は家元が花店の教室で教えている事情を知ったのだった。
――どんな人にも苦労があるんやな……。
未来は思った。
「未来さん、生けてみましょか?」
「どないしたらええんですか?」
「ホワイトボードの花の絵を見て、生けてみとうみやす」
花材は雪柳、紅色の乙女椿、ピンクの撫子だった。
「未来さん、花の絵はあくまで例です。花は一つ一つ表情を持ってます。花の表情を生かせるように生けて下さい」
未来はゆらゆら揺れる雪柳の枝が美しいと思った。どんな強い風にもしなって耐えるのだ。
新しい花鋏で雪柳の根本を少し切って、剣山という花を固定する道具に差した。
乙女椿は、思い切って絵よりずっと低くして、雪柳の根本に差した。その可憐な花を囲むように繊細な撫子を生けたのだ。
「北小路先生、できました」
「雪柳の線が美しいな! 乙女椿を思い切って短くしたさかい、線の美しさが出せたんや。さすが若い人は勢いがありますな」
決して整った生け花とは言えないが、型にはまらず、自分が美しいと感じたように花を生けた未来に、泰明は驚きを感じた。
その時、部屋の片隅で、未来が花を生ける一部始終をじっと見つめていた長身の若い男がいた。若い男は切れ長の目が涼しい美男子だ。
やがて未来は男に気づいて、年配の生徒に尋ねた。
「あの方は、どなたさんですか?」
「ああ、達也(たつや)さんですわ。泰明先生の息子さんですねん。次期お家元。泰明先生は、時々、ここへ若先生を連れてきゃはるんです。美男子でっしゃろ」
「ほんまですね」
「そやけど、若先生は気ままなところがおしてな、この教室にも来ゃはったり来ゃはらへんかったりですのえ」
――若先生は家元の息子に生まれて、みんなに甘やかされて育たはったさかい、気まま言えるんやわ。もっと一生懸命にならはったらええのに……。
未来は達也を見て、いい気なものだと思った。
2
そんなある日、未来がいつものように一番に教室に行くと、珍しくすでに達也が来ていた。未来は、達也に軽く挨拶をすると、花を生け始めた。
気がつくと、いつの間にか達也がそばに来ている。
「未来さんは、いつも花の表情をよう見てるね。花の持ち味を引き出すのが上手い」
「そうなんですか……」
「そうや。美しいと感じる心に未来さんは素直なんや。形にこだわったり、評価を恐れたりしいひん。それは才能やと僕は思う」
達也は真剣な表情でそう言うと、やって来た次の生徒のところに行ってしまった。
今までろくに話したこともない達也が、自分を見ていて、そんな風に評価していてくれたことが意外だったが、うれしくもあったのだ。
その頃、未来は稽古を終えると、教室の片づけを手伝うのが習慣になっていた。その日も稽古を終えて、教室を片づけていると、達也も片づけを始めた。
「未来さん、水盤は重いから、僕が片づけてあげる」
「若先生……」
「未来さんは、剣山を片づけて」
未来が達也と教室の片づけをしていた時、階下から泰明と女性が言い争うような声が聞こえてきた。
「達也を迎えに来ました。あなた、達也に華道指導の修行をさせるんやったら、御幸さんの教室やのうて、あなたの教室でさせて下さい」
「また、その話か……」
「上級者のお弟子さんを指導させた方があの子のためです!」
「初めて花に接する人を指導する経験も大事や……」
二人の声が近づいて、部屋のふすまが開いた。
泰明と家元夫人の佳鶴子(かずこ)だった。佳鶴子は、教室を一緒に片づけている未来と達也を見ると、美しい顔に不快そうな表情を浮かべて、未来に言った。
「あんた、若先生に片づけさせるんか! 次のお家元になる人やで!」
「お母さん、未来さんに失礼やないか!」
「達也さん、もっと後継ぎとしての自覚を持ちなさい!」
達也はうんざりした表情で佳鶴子に言った。
「お母さんはいつもそうやね。流派、家元、跡継ぎ、僕はもううんざりや!」
「達也さん、お母さんが後継ぎのあなたのために、どんなに苦労しているか知ってるでしょ!」
「僕が頼んだわけやないよ。僕よりも流派の体面の方が大事なくせに!」
「なんてこと言うの!」
未来は、言い争う達也と佳鶴子に気圧された。泰明はそんな二人を見たくないのか、黙って教室を出ていった。
――あっちの家も、ウチと同じでいろいろあるみたいやわ。若先生も悩んではるねんな……。
それから、未来にとって達也は気になる人になった。
それまでは、達也が教室にいるかいないかは気にも留めなかった。
ところが、今は教室に入ると、目で達也を探してしまうのだ。達也となら同じ孤独を共有できるような気がする。
未来は達也を初めて身近に感じ、彼の存在が大きくなった。
卒論や就活で忙しい時も未来は休まず華道教室に通った。
未来は大学を卒業し、私立高校の国語教諭になった。
達也は未来が大学生になった頃から、一人で御幸花店の教室を教えるようになった。三十一歳になった今は、家元の教室でも家元補佐を務めるようになっていた。
そんなある日、泰明が久しぶりに御幸の教室にやって来た。稽古を終えて、後かたづけをしている達也に言った。
「達也、この教室の花会を開かへんか? この教室は若い人が多いさかい、若い新鮮な力を引き出してほしいんや」
「ここの花会ですか?」
「流派の形にとらわれんと、おまえの思うようにやったらええ、一人で主催できるか?」
「僕の思うように……。お父さん、いや、泰明先生、任せてくれはるんですね! やらせてもらいます!」
達也は興奮した表情で言った。未来が片づけを終えて御幸花店を出ると、達也が未来を待っていた。
「未来さん、晩ごはん付きおうてくれるか? 話したいこともあるし……」
「話したいこと? ご一緒してもええんですか?」
「美味しい料理を食べさせる居酒屋があるんや」
達也はなまこ壁が美しい東本願寺のお堀端を歩いて、大正時代の土蔵を改装した居酒屋に入った。
串焼きや揚げ物のほかにも、汲み上げ湯葉のあんかけ、賀茂なすの田楽、九条ねぎのぬた等、京都らしい食べ物もメニューに載っていた。
「未来さん、今度の花会、スタッフとして手伝ってくれるか?」
「私でええんですか? もっと上級者の先輩もいはるのに」
「僕は未来さんの美意識と実行力が必要なんや」
達也は未来の目を見て言うと、運ばれて来た京の銘酒「梅の雫」を飲んだ。未来はうれしかった。
「若先生、喜んでやらせて頂きます」
「なあ、若先生はやめてくれへんか。なんか自分がアホなボンボンみたいに思えるねん」
「……そしたら、なんて呼んだら……」
「達也さんとか……」
「達也さんはちょっと……。そしたら達也先生と呼ばせてもらいます」
「それでええことにしよか。さあ、料理も来たし食べよ」
達也は美味しそうに海老芋と棒タラを炊き合わせた京都の伝統料理「いもぼう」を食べ、未来は大徳寺麩のおろしあえを食べた。
「僕は今度の花会で、花を生ける楽しさや花が心を和ませてくれることを、教室の生徒みんなに感じて欲しいねん」
「生け花は堅苦しいお稽古やなくて、楽しいのに……」
「技術の習得だけが華道と違う。どんな花にも美しさや良さがある。それを感じる素直な心を育てたいんや」
未来は真剣に語る達也を見て、最初に会った時の「家元の家に生まれて甘やかされて育ったボンボン」の印象が消えた。
華道家元の跡継ぎとして生まれたからこそ、だれよりも重い荷を背負い、だれよりも生け花への思いが強いのだとわかったのだ。
達也の熱い思いが未来に伝わった。達也はそんな彼女に気づき、目をじっと見つめた。ところが達也は急に暗い表情になって言った。
「未来、知ってるか? 明王寺未生流は師匠と弟子の恋愛は御法度なんや」
「……そうですね……」
「わかってるけれど、時々、こうして二人で会わへんか? 二人きりでいたいんや」
「達也先生……」
「ちょっと歩こう」
居酒屋を出て、豊臣秀吉が行った「天正の地割」のころからある細い通りに出ると、達也は未来を強く抱きしめた。未来は達也の腕の中で、今までの人生で今が一番幸せだと思ったのだった。
しかし、その時二人は、知らなかった。居酒屋の女将が家元夫人・佳鶴子と懇意であることを。
3
御幸教室の花会は、小規模だったが、生け花を習い始めたばかりの人も出展し、若い力がみなぎる良い会になった。
習い始めたばかりで、出展をためらっていた生徒は、花器に掛けつるべを選び、ウツボカズラとテッセンを生けた。花材と花器を調和させ、みごとに風情のある情景を表現することができたのだ。
同じ頃に華道を始めた生徒も、栗、薔薇、小菊で、野趣あふれる空間を作り出した。
未来は、柿、菊、すすきを花材に選んだ。柿の枝の動きと柿の実・葉・枝の色彩を活かした。柿の枝が作り出した空間に菊やすすきを生け、秋の森に迷い込んだような空間にしたのだ。
達也の作品は、現代感覚美にあふれるものだった。花材はソテツ、カトレア、そして、ラメ入りの布地だ。ソテツのカーブを風が舞うように生け、そこにラメ入りの布地をからめる。白いカトレアを右端に生け、風が右から左に風が吹いているように。
花会を取り仕切った達也と未来は、達成感で胸がいっぱいだった。
御幸教室の花会を終えて、達也が家に帰ると、玄関で怖い顔をした両親が待っていた。
「達也! あんたは明王寺未生流をつぶすつもりか!」
「なんですか、いきなり」
「未来とかいう子と仲良くしてるそうやんか。師匠と弟子の恋愛は御法度なんえ」
「今どき時代遅れと違うんですか!」
「嵯峨野流の家元は元宮家のお嬢さんと結婚しゃはった。大原流は大会社の創業家から連れ合いを選ばはった。華道は日本の文化を支えてるのんえ。家元には格式が必要です!」
「それが時代遅れやというてるんです。今は、サークルで出会った人と結婚してはる人もいはります。未来と結婚したとしても、なんの問題もありません」
「この家に、どこの馬の骨かもしれん娘を入れる気か!」
「時代は変わってるんや!」
達也はきっとした表情で母をにらんだ。
「お父さんもなんか言うて下さい!」
「……未来はええ子や。そやけど、未来を跡継ぎの嫁にしたら、古くからの弟子が……」
「もうええわ! ほんま、こんな家に生まれとうなかった!」
「達也! なんてことを言うの!」
だが、達也がどれだけ抵抗しても、両親に逆らいきることは出来なかった。達也はすべての連絡手段を封じられ、家に軟禁状態になった。
彼は自由のない我が身を呪って連日、深酒をし、泥酔する日が続いているのを未来は知らなかった。
未来も、御幸教室の花会以来、達也からの連絡がなくなり、教室も花屋の店主が教えるようになり、混乱した。
家元夫人が、達也と明王寺門主の娘・大谷詩織(おおたにしおり)との見合いを強引に進めているという噂が、未来の耳にも入った。
4
未来はなんとか高校に出勤していた。華道教室で達也がお見合いをした噂を聞いてから、胸のなかが空っぽになった気がしていた。それでも、果たすべき責任を果たし、華道教室にもなんとか通っていたが、すべてが無意味に思えた。
未来にも達也にも苦悩の日々が続いた。そんな二人に、日本最大規模の生花芸術展の出展案内が届いた。未来はためらったが、達也のことを吹っ切るために、出展を決めたのだった。
生花芸術展前日は生け込み。そこで未来は達也の姿を見かけた。
――達也先生、げっそり痩せて!
達也は憔悴しているようにすら見えた。ちらりと見かけた達也の姿に未来は胸が痛んだ。未来を見つけた御幸花店の店主が耳打ちした。
「家元の奥さんが『お見合いの日が決まったから、もういい加減にしっかりしなさい!』ときつく言うて、達也さんは達也さんで『お母さんは家名だけが大事なんや!』って反発して、大騒ぎやったらしいわ……」
未来は達也への恋しさで叫び出しそうな自分を必死で抑えて、作品に向かった。
未来は花材に種類の違う五種類の梅を選んだ。花器は高さの違う五つの竹の寸胴だ。花器を流れるように配置した。梅の枝が綺麗なカーブを描くようにたわめて生けた。
それぞれの花器に生けた梅は空間を作り出し、お互いに呼応して、梅林を思わせた。華道と出会うきっかけになった、枳殻邸の梅林が未来の頭に浮かんだ。
達也は鬼気迫る迫力で作品にむかった。鋭い眼差しで、作品だけを見ていた。
達也の作品は会場でも一段と目を引いた。黒く染めた藤蔓(ふじかづら)の巨木が重なり合い、力強い曲線を描いている。
ところどころで藤蔓は切断され白い断面を見せ、黒と白のモノトーンがコントラストをなしていた。
表現者の苦悩を表す斬新な作品は、生け込みに来ていた華道関係者を釘づけにしたのだ。未来も達也も一心に打ち込んだ。
翌日が華道展の初日、いよいよだ。
未来が緊張しながら会場に足を踏み入れると、人だかりで前に進めない。人をかき分けて進むと、「大賞」と言う大きな札が見えた!
達也が全霊を傾けた藤蔓の作品だ。
――達也先生! 大賞を取らはったんですね!
達也の作品から離れて奥に行くと、また人が集まっていた。
――私の作品に近い……。
未来が胸の鼓動を覚えながら、作品に近づくと、未来の梅の作品に「新人賞」という札がかかっている。
――私が新人賞! おかあさん、私の梅の作品が「新人賞」をもらったよ!
気がつくと、いつの間にか、達也が未来のそばに立っていた。
「達也先生……」
未来は、何も言えずに涙ぐんだ。
「未来、結婚しよう」
「達也先生……」
「もう、先生やない。達也と呼んでほしいんや」
「そやけど、師匠と弟子の恋愛御法度が……」
達也は、見合いをした明王寺門主の娘・大谷詩織は、ハキハキとものを言う美しい娘だったこと、見合いの席で、二人きりになると詩織が達也に言ったことを教えてくれた。
『達也さん、親がうるさいからここに来ましたが、私には好きな人がいるんです。もちろん、反対されているけど』
達也が、詩織は好きな人と結婚するのかと尋ねると、彼女はこう言ったという。
『もちろん。愛のない生活に意味はないもの、達也さんもそうでしょ? 流派で師匠と弟子の恋愛が御法度だからと言って、それで本当に諦められるんですか? 御法度なんて破るためにあるんじゃないんですか?』と。
「僕な、自分の思うようにも生きられず、恋愛まで諦めようとしてた。そやから、詩織さんのことばで、頭を棒で殴られたような気持ちになったんや」
達也は未来に向きなおってことばを続けた。
「この展覧会で大賞を取ったら、師匠と弟子の御法度の禁を解いて欲しいと両親を説得したんや!」
そう言って、達也はあたりも憚らず未来を抱きしめた。会場に来ていた人たちは目を丸くしたが、達也はやめなかった。
「苦しめてごめんな、未来」
「達也先生が頑張ってはるときに、私は何にもできひんかった……」
未来の目に涙が浮かんだ。達也は自分の運命に抗った「私はどうなのだ?」と未来は思った。
義母や義弟との間に溝を作り、心を開こうとしなかった。未来に無関心な父ともずいぶん心の距離が出来てしまった。
――私はそれが運命やと思って諦めてしまったけれど、それではあかん。家族との心の距離を埋めよう。私も運命に抗おう。
未来もそう決意した。
会場には、かすかに梅の香りが漂っていた。どんなに寒い冬にも花を咲かせる梅の花。どんなにつらいことがあっても、花開いてゆく、あの美しい梅の花が。
完
(【短編小説】京都・花の御法度〜伝統の壁も運命も超えた魂の物語:村川久夢)

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