【掌編小説】おはぎ~中途半端を許せない女

 
✨️作者から✨️

知人に「おはぎって食べ物が中途半端で許せない!」と言った女性がいました。そのことばをヒントに書いた掌編小説です。完璧主義に苦しんだ人が、それを乗り越える姿を描きました。完璧主義やつい自分を責めてしまう人に読んでほしいです。

 

【掌編小説】おはぎ~中途半端を許せない女

「私、おはぎが中途半端で許せない! あの粒餡、皮が残ってるし、お餅かご飯かも曖昧よね。本当に耐えられないの」と美沙子さんが突然に言った。

英会話教室の休憩時間、私と友だちのみどりは「田舎のおばあちゃんが餡から作ったおはぎが美味しい!」「太るけれどいくつも食べてしまう」と盛り上がっていた。私たちは美沙子さんのことばで気まずくなった。

美沙子さんは私たちにかまわずテキストを開いた。軽蔑したように私たちを見て、自習を始めた。美沙子さんはいつもみんなをバカにして冷たく無視している。

美沙子さんはアラサーの美人、スリムで、いつもお気に入りブランドの洋服をオシャレに着こなしている。有名女子大を卒業して一流企業に勤めている。才色兼備を絵に描いたような女性だ。

でも、美沙子さんの綺麗な顔はいつも無表情で、私たちは彼女の笑顔を見たことがなかった。

休憩時間が終わり、レッスンが再開されると、美沙子さんは辞書を引いて熱心にノートを取った。

ところが、リンダ先生が説明を終えられ、会話練習の時間になると、美沙子さんは絶対に一言も英語を話さなかった。

「私は間違った中途半端な英語を話したくないので、完全にマスターしてから会話に参加します」

美沙子さんは、毎回、同じことを言った。平気で間違う生徒とは話したくないようだった。美沙子さんの目は、いつもこう言っているのだ。

––中途半端な間違った英語を話す自分を想像するだけでも耐えられない!

 

「美沙子さん、間違ってもいいから会話練習に参加して」

「いえ、私は辞退します」」

美沙子さんはリンダ先生の助言にも耳をかさない。いつも彼女が会話練習に加わらないので、ペアワークで余る生徒がいたり、質問にも英語では決して答えないので、レッスンが中断することもよくあった。

私たちが間違いながら楽しそうにペアワークをしていると、美沙子さんは冷たい白けた目で私たちを眺めていた。美沙子さんのこんな心の声が聞こえてくるようだった。

–そんな中途半端な間違いだらけの英語をよく平気で話せるわね!

私がリンダ先生に質問して時間を取ると、

 「響さん、質問はもういいですか? だいぶ時間もとっているし……」

美沙子さんに制されることがよくあった。美沙子さんは一言も英語を話さず会話練習に参加しないのに……。

私たちは、絶対に間違いを許さず会話練習に加わらない美沙子さんに、チェックをいれられているようで、落ち着かなかった。美沙子さんは不機嫌な表情で私たちをじっと見つめているので、会話練習の時は教室の雰囲気がギクシャクしてしまうのだ。

美沙子さんは美人で頭もよく、能力を発揮できる仕事に就いているのに、いつも不機嫌そうだった。

そころが、しばらくすると無遅刻無欠席で熱心に教室に通っていた美沙子さんが、急に教室に姿を見せなくなった。美沙子さんには申し訳ないけれど、私はほっとしたような気分になったのだった。

 

そんなある日、ある生徒が見てきたかのように言った。

「ねえねえ、美沙子さんが心を病んで入院しているらしいわ」

「本当?」

「美沙子さんの会社の本社がアメリカになって、社内公用語を英語に統一したらしいのよ」

どこで聞いてきたのか、その生徒は話を続けた。

「美沙子さんは一言も英語を話さなかったらしいのよ」

「もしかして『間違った英語を話したくないので』って言い張ったとか?」

「そう! それで業務に支障をきたすようになったんだって」

その生徒の話では、何事にも「完璧でなければ価値がない」と些細なミスも許さない美沙子さんは、同僚と上手くいっていなかったらしい。英語が社内公用語になって、人間関係の摩擦が一層酷くなったと言うのだ。

その時、私は突然に美沙子さんが「おはぎが許せない!」と言ったことを思い出した。「あの粒餡、皮が残ってるし、お餅かご飯かも曖昧よね。本当に耐えられないの」と言ったことも……。

––心を病んでしまうまで美沙子さんを苦しめたのは、人間関係のストレスではないわ。英語を完璧に話せない自分自身を責め立ててしまったのよ。

私の心に無表情で不機嫌そうな美沙子さんの姿が浮かんだ。

––自分の中途半端を責め立てるのはすごくつらかっただろうな……。

私は絶対に間違いを許さない美沙子さんが教室に来なくなって、ホッとしていた自分を申し訳なく感じた。

 

私は迷った末に美沙子さんのお見舞いに行った。意外に美沙子さんは笑顔で私を迎えてくれたのだ。初めて見る美沙子さんの笑顔だった。

「響さん、来てくれたのね」

「お加減はいかがですか?」

「私ね、会社に適応できなくて……」

美沙子さんはつらそうな顔をして言った。

「倒れて入院した時は、英語でのコミュニケーションひとつできない自分を用無しのダメ人間だと思って絶望したわ……」

美沙子さんは入院当初、精神科の先生の診察やカウンセリングが、苦痛だったという。英語を完璧に話せない中途半端な自分を知られるのは、絶対に嫌だと感じていたと。

私が率直な美沙子さんに戸惑っていると、美沙子さんはちょっとためらってから、こう言った。

「英会話教室では響さんが憎らしくてね」

「私が?」

「そう。ちょっとくらい間違っても、楽しそうにどんどん英語で会話して上達するあなたが憎らしくて……。あなたが羨ましかったの」

そう言って美沙子さんは苦笑いをした。。

「私、入院して良かったと思うわ。不眠で悩んでいた私が、今は驚くほどよく眠ってるの」

「そうだったんですね」

「診察で先生に『気分が落ちている時、自己評価をしたら駄目だよ。自分が最低な人間に思えるからね。本当は良いところも駄目なところも半々くらいなんだよ』と言われてハッとしたの」

先生のそのことばを聞いて以来、少しずつ先生やカウンセラーさんに本音で話せるようになったというのだ。

「本音で話して、自分がいつも『間違う人間は最低! 中途半端は許せない!』って、自分を追い詰めていることに気づいたの。おはぎまで許せなくなっていたのね」

美沙子さんはしみじみと言った。

   

美沙子さんは、ベッドから出てテーブルの上の紙包みを開いた。

「響さん、お茶を入れるから、一緒に食べましょ」

「あ! おはぎ!」

「食べてみると、粒餡もつぶつぶのお餅も悪くないね」

美沙子さんはそう言って笑った。以前は「中途半端で許せない」と言っていたおはぎを美味しそうに食べている美沙子さんを見て、私はホッとした。

「餡もお餅も完全に潰されていないから、おはぎなのね」

「私は粒餡も半分搗いたお餅も好きです」

「人も同じかもしれないわね。完全じゃなくて、間違うこともある人の方が好かれるよね」

美沙子さんは穏やかに言って、もう一口おはぎを頬張った。

「完璧な人なんてありえないわよ」

「私なんて間違ってばかりです」

「今は、とっても楽になったわ」

私はくつろいで美沙子さんとおはぎを食べた。部屋にきな粉の香ばしいにおいが漂い、おはぎを食べている美沙子さんは、別人のように穏やかな顔をしていたのだった。

 

(完)

 


✨️あとがき✨️

「中途半端はいや! 中途半端な自分は許せない!」そんなふうに感じることは誰にでもありますよね。でも、その思いが強すぎると、苦しいものです。

でも、「人もおはぎも、不完全な部分にこそ味わいがある」と思いませんか?

読んでくださったあなたは、どのように感じられましたか? 「自分の中途半端さ」を受け入れられていますか?

 (【掌編小説】おはぎ~中途半端を許せない女:村川久夢)

 

 

 

 


 

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