ポール・エリュアール『自由(Liberté)』~詩は記憶として心に残る

 「文学系のグループなのに『ボードレールを知らない人がいた』という話を聞きました。

「え~! そうなんですね~!」と言ったものの、「ボードレール? フランスの詩人で『悪の華』の人?」くらいしか思い出せませんでした。

「フランス文学、フランス語の詩、私は縁ないな~」と思った時、不意に「リベルテ」ということばが浮かんできました。

実は、大学の第二外国語はフランス語だったのです。まったくと言っていいほど、フランス語はなにも覚えていません。

でも、若い女性フランス語講師の授業が詩を教材にしていて、楽しかったことを思い出しました。

「そうだ! 『リベルテ』もあの時に習った詩だ!」と記憶が蘇り、ポール・エリュアールという詩人の名前もでてきました。

ポール・エリュアールの詩「自由(Liberté)」。何十年も前のことなのに、繰り返し「~の上に」という表現が出てくるこの詩のリズムもぼんやり思い出したのです。

以下に拙訳の全文を掲載します。とても長い詩なので、飛ばしていただいても大丈夫です。最後の方だけでも、この詩の力はきっと伝わると思います。

 

「自由(Liberté)」

ポール・エリュアール   村川久夢訳

Liberté    

Paul eluard

Sur mes cahiers d’écolier

Sur mes pupitre et les arbres

Sur le sable sur la neige

J’écris ton nom

 

学校のノートの上

机や木々の上

砂の上 雪の上に

きみの名を書く

 

読み終えたページの上

まだ白いページすべての上

石に 血に 紙に あるいは灰の上に

きみの名を書く

 

金色の像の上

兵隊たちの武器の上

王さまたちの冠の上に

きみの名を書く

 

ジャングルと砂漠の上

巣の上 エニシダの上

子どものころのやまびこの上に

きみの名を書く

 

夜ごとに訪れる奇跡の上

毎日の白パンの上

巡る季節の上に

きみの名を書く

 

途切れた青空すべての上

池で生命力を失った太陽の上

湖できらめいている月の上に

きみの名を書く

 

畑のかなた地平線の上

鳥たちの翼の上

陰影のある風車の上に

きみの名を書く

 

曙のそよぎの一つ一つの上

海の上 船の上

狂気のようにあまりにも険しい山の上に

きみの名を書く

 

泡のように浮き立つ雲の上

嵐のように流れる汗の上

くすんで土砂降りの雨の上に

きみの名を書く

 

きらきら光る形の上

色とりどりの鐘の響きの上

大自然の真理の上に

きみの名を書く

 

目をさました小径の上

どこまでも伸びる街道の上

あふれ出る広場の上に

きみの名を書く

 

火を灯されたランプの上

消されたランプの上

一つに集まった私の家の上に

きみの名を書く

 

二つに切られた果物のような

鏡と 私の部屋との上

からっぽの貝殻 私のベットの上に

きみの名を書く

 

美食家でおとなしい 私の犬の上

ぴんと立ったその耳の上

不器用なその前足の上に

きみの名を書く

 

私の戸口の飛躍への踏み台の上

いつも見慣れたものの上

祝福された火の波の上に

きみの名を書く

 

許し与えられたすべての生命の上

私の友人たちの額の上

さしのべられる一つ一つの手の上に

きみの名を書く

 

驚きを映す窓ガラスの上

思いやりのある唇の上に

沈黙の中でもうまく

きみの名を書く

 

取り壊された私の隠れ家の上

崩れ落ちた私の烽火台の上

私の退屈の壁の上に

きみの名を書く

 

望んでもいない不在の上

むきだしの孤独の上

死神の行進の上に

きみの名を書く

 

戻ってきた健康の上

消え去った危険の上

記憶のない希望の上に

きみの名を書く

 

Et par le pouvoir d’un mot

Je recommence ma vie

Je suis né pour te connaître

Pour te nommer

Liberté

 

ひとつのことばの力によって

私の人生は再び始まる

きみと知り合うため私は生まれた

きみに名前をつけるために

自由 と。

 

この詩を一行ずつ自分で訳してみて、エリュアールの思いが伝わってきました。

こんなにも多くのものの上に「自由」と書きたかった――その切実な願いが、まっすぐに響いてきたのです。

最初は「楽」して、誰かの翻訳をそのまま使おうかと思ったのですが(笑)、結局は私の怪しいフランス語で訳してみました。

想像以上に時間もエネルギーもかかりました。でも、エネルギーを注いだ分、深く味わうことができたのです。「時短」では得られないものがあるんですね。

翻訳しているあいだは夢中でした。気づいたら3時間も翻訳に集中していて、ヘロヘロでしたが、「自分で翻訳してよかった」と充実感がありました。

自分で訳した文章だから、他の訳よりもしっくりと胸にきたのです。

翻訳は「作者の声」と「翻訳者の感性」のかけ合わせ。だから、私が訳した「自由」は、私自身の人生やテーマとも自然に重なっているのでしょう。

 

私は普段、詩を読むことも書くこともほとんどありません。

それでも、ポール・エリュアールの「自由」は、大学時代の記憶を次々と呼び起こしたのです。

エリュアールが驚くほど多くのものの上に書きたかったことば、それは「自由」です。

この詩は、ナチス占領下のフランスで、ナチスの抑圧に苦しんだ人びとやレジスタンスに勇気を与え、愛されました。

 

 

この詩は当時のフランス国民に深く愛され、レジスタンス活動家によって英国空軍機からフランス全土に撒かれ、祖国解放を訴える希望の光となったそうです。

 

私も「心の自由」を大切にして活動を続けています。

人は誰でも、心の中に小さな「制限」を抱えています。その制限をひとつずつ外していくことは、自分自身の「自由」を取り戻すこと。そして、それは夢を叶える力へとつながって行くのです。

 

大学時代に出会った一篇の詩が、こうして長い年月を経て、今の私のテーマと響き合う。

 

 

文学や詩は、知識としてよりも「記憶」として残り、人生のある瞬間に再び力をくれるものなのかもしれません。

 (ポール・エリュアール『自由(Liberté)』~詩は記憶として心に残る:村川久夢)

 

 

 

 


 

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