1
朝、ロレロレの弘樹からの電話で目が覚めた。
「由紀子さん、また睡眠薬をようけ飲んでもうた……」
「またなん!」
呆れて言ったけれど、受話器からはいびきしか聞こえてこない。でも、ほっとけなくて、弘樹のアパートに行った。 ダイヤル錠を解除して、郵便受けに隠してある合鍵で部屋に入ったら、案の定、弘樹はいびきをかいて寝ていた。
弘樹は売れない画家で、 カルチャーセンターの絵画教室で講師をしたり、単発のアルバイトをしたりして、なんとか生活している。私は、弘樹と同じカルチャーセンターの事務員として働いていて、そこで弘樹と出会った。
慌てて弘樹の部屋に来たものの、私は寝ている弘樹の顔を眺めるしかできない。
髪もひげも中途半端に伸びてむさ苦しいけれど、目鼻立ちが整っている弘樹は、なかなかのイケメンだ。繊細で優しくて、ちょっと脆いところがある。
心の病を患ったことがあって、寛解しているけれど、不安でたまらない時やショックな出来事があると、睡眠剤を大量に飲んで、現実から逃げようとする。
しかも、一人で黙って薬を飲むのではなく、「薬をようけ飲んでしもた」と私のところに連絡が来るのだ。「あかんたれ(意気地なし)」としか言いようがない。
2
弘樹と親しくなったのは、カルチャーセンターのロビーに展示されている絵を見ていた時だった。絵には、ピンクのシクラメンが描かれていた。
「なんでやろ? シクラメンが描かれているだけやのに、ほのぼのするわ~」
絵に見入っていて、ついひとり言をいうと、
「 気に入ってくれたんやったら、その絵、あげるで」
「新しい絵画教室の先生……」
「見とれてるみたいで、なんかうれしい!」
「見ているだけで、ほのぼのした温かい気持ちになって、なんでやろと思って見ていました」
「そんなふうに感じてくれたんやね。ほんまうれしいわ!」
そんなやり取りがあって、結局、弘樹はそのシクラメンの絵を私にくれた。せめてものお礼に、私が昼ごはんをごちそうすることになった。
「俺、佐藤弘樹といいます。なんとか無名の芸大の美術コースは出たけれど、泣かず飛ばずで10年……」
「私は子どもの頃から、お話を書くのが好きで、今も小説を書いて、いろいろな文学賞に応募しているんですけど、落選ばっかり……」
「確かに受賞したいよな……。そやけど、さっきのあんたみたいに絵にほのぼのしてくれる人がいるんもすごいうれしい!」
「あ、私は倉田由紀子です。私はブログに小説を書いたりしてるんですが、『毎回、楽しみに読んでます』とか『主人公と一緒に泣いてしまった』とか言うコメントをもらうと感激です」
画家の弘樹と作家志望の私、 同じ表現者として気が合った。
3
弘樹の絵は、見る人の心を優しく包み込むようで、本当に癒やされる。弘樹本人も「絵を見た人が、ほっとできて、優しい気持ちになれる絵を描きたい」といつも言っている。
実は、弘樹の絵のファンは、けっこうたくさんいるのだ。ところが、弘樹は本当に意気地なし。前にギャラリーを経営する人から個展のオファーがあった。
「先生、うちのギャラリーで個展を開きませんか?」
「いやいや、僕はまだ修行中の身ですので、個展なんてまだまだ……」
弘樹はなんだかんだ言って、結局、辞退してしまった。
しばらくすると、未練たらしく言うのだ。
「あの時、引き受けたら良かったなあ……。なんで引き受けへんかったんやろ、俺……」
市の植物園のギャラリーで「花の絵コンテスト」が開催されることを知って、弘樹に伝えた。植物の絵が得意な弘樹はまんざらでもない様子だったのに……。
「やっぱり自信ないし、今回は遠慮しとく……」
カルチャーセンターの生徒さんで芸術一家の娘さんが、弘樹の絵を気に入った時もそうだった。娘さんの家族には著名な画家や評論家もいるのだ。
「弘樹先生の絵のファンです。 この前、ロビーに展示してはった菖蒲の絵を買わせてほしいです」
「いえいえ、芸術一家のお嬢さんに買ってもらうなんて恐れ多いです」
こんな調子で弘樹はいつも チャンスから逃げてばっかり。
4
その時、弘樹が寝返りを打って、寝言を言った。
「……麗子さん……」
弘樹の話によると、麗子さんは芸大の先輩でピアノ科の才媛。その美貌でミス芸大と呼ばれていたらしい。
弘樹は発表会で麗子さんの演奏を聴いて一目惚れしてしまったのだ。麗子さんの当時の彼氏が、弘樹と同級生で、弘樹たちの作品展に現れた。
高嶺の花だと思っていた麗子さんが、弘樹の絵を気に入って、「ちょっと、お話したいわ」と弘樹をお茶に誘ったという。しばらくすると、「麗子さんがまた彼氏と別れた」と噂が流れた。
次のお目当てが弘樹だったのだ。ところが、あかんたれの弘樹は麗子さんにビビってばかり。すぐに、愛想をつかされて、彼女はまた新しい彼氏を作ったのだ。
しかし、弘樹はまだ麗子さんを忘れられずにいる。よくもそんなに引きずれるものだ。でも、私も、そんな弘樹をほっておけずに、ずっとそばにいてる。なんのことない、私もあかんたれです。
私は、弘樹の寝顔を見ながら、 しみじみ考えた。
――今度の薬のキッカケはなんやろ? 思うように絵が描けへんのかな? 麗子さんがまだ未練なんやろうか? カルチャーセンターの生徒数が減って教室存続が厳しいのかな?
弘樹と親しくなってから、今まで何度こんなことがあっただろう?
――そやけど知ってる弘樹? 弘樹が麗子さんのことでつらそうな時、私がどんな気持ちで弘樹を見ているか……。カルチャーセンターを首になったら、弘樹がどうして生活して行くか、どんだけ心配しているか。弘樹が絵を売り込むことから逃げてばかりいる時、どんなにもどかしい思いをしているか。
弘樹の部屋に来てから どのくらい時間が経っただろうか。やっと弘樹は目を覚まして、私に気づいた。そして、私の目を見て言った。
「……由紀子さん来てくれたんや。ありがとう」
5
弘樹は、じっと私の目を見てもう一度いった。
「由紀子さん、いつもありがとう」
私は、弘樹の目を見ていると、心が揺れた。
――弘樹、私、ある出版社の文学賞を受賞したんや。それが縁で、その出版社のWebコラムを書く仕事をもらった。これを機に小説家を養成するゼミに入ろうと思うねん。本格的に小説修行する。思い切って、東京に行くんや。この街を離れる……。
曖昧に笑ったけどひどく胸が痛んだ。弘樹を見捨てて行くようで……。
――でも、なんでやろ? 勝手なことばっかり言って、私を振り回してばっかりやったのに。困った時だけ頼って来たくせに。
「由紀子さん、泣かんといて……」
弘樹は、心配そうに言った。そのことばが、私の心をわしづかみにした。
「僕、知ってるねん。由紀子さんが来月でカルチャーセンターを辞めて、引っ越しすることも……」
――あかんたれやと思って見くびってた。気がついたら心を盗まれていた!
驚く私にあかんたれが言った。
「由紀子さん、ごめん堪忍してな……」
あかんたれの「ごめん」の声が、東京に来た私の胸に今も突き刺さっている。「ごめん堪忍してな」と。
<完>
(【掌編小説】心を盗んだあかんたれ:村川久夢)

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