昔、明治生まれの祖父母が「けんたいな」という京ことばを使っていました。「どういう意味やったんやろう?」と不思議に思って調べたブログです。
<それ何語?>
明治24年生まれで生粋の京女だった祖母が時々「けんたいな」と言っていたのをふと思い出しました。
「『けんたいな』ってどういう意味やったんやろ?」
私には「けんたいな」の意味やニュアンスが思い出せません。インターネットで検索しても全然わからないのです。
<京ことば辞典>
こんな時の力強い味方、堀井令以知・井之口有一編『京ことば辞典』を引いてみました。「けんたいな」ありました!
【ケンタイナ】《形動》
だれ憚らぬ。あたりまえの。無遠慮でずうずうしいさま。
「ケンタイな顔してなにしてるの!」
「ひとのうちに来て、ケンタイに飯食うていきよった」
近畿。あまり使わなくなったが、昭和30年頃までは、「あの二人、オケンタイデ歩いてハル」などと言った。
「けんたいな」は、「無遠慮でずうずうしいさま」という意味なんですね。
<消えゆく京ことば>
私は、同居していた祖母が「けんたいな」ということばを使っているのをかすかに覚えていました。でも、意味もニュアンスも忘れていたのです。もちろん、使ったこともありません。「けんたいな」の意味は『京ことば辞典』を引いて、初めて意味を知ることができたのです。
河原町高辻を下がったところにある「つち福食堂」で食事をした時、レジの後ろに京ことばの番付表が貼られていました。お店の人に断って、写真を撮らせて頂きました。
「けんたい」が西方の大関として書かれていました。
流行のことばがいつの間にか定着し、使われていたことばが、使われなくなる。京ことばに限らず、ことばは生き物なのだなと感じました。
「けんたいな」という消えゆく京ことばを書き留めておきたいと思い、ブログに書き記しました。
<『ああ、京都人~今を生き抜く知恵おしえます~』ご案内>
拙書『ああ、京都人~今を生き抜く知恵おしえます~』3章では、京都のことば、特に古い京ことばについて、その意味やニュアンスを書いています。
村川久夢は、京都生まれの京都育ち。一人の京都人の目を通して、京都や京都人について、新著『ああ、京都人~今を生き抜く知恵おしえます~』に書きました。
観光化されていない日常の京都や地元の人に愛されている京都の穴場、食べ物やお店についても新著に書きました。
*電子書籍(Amazon Kindle「読み放題」に登録されている方は0円でご購読いただけます。一般価格は700円です)、ペーパーバックもございます。下記リンクよりお申込み下さい。
『ああ、京都人~今を生き抜く知恵おしえます~』Amazonページ
本書で、京都好きな方はもっと深く京都を好きになり、今まで京都と縁がなかった方は京都を身近に感じて頂けると思います。ぜひ「あなたの知らないもうひとつの京都」を見つけてください。
*----------*
*村川久夢ホームページトップには、新著『ああ、京都人~今を生き抜く知恵おしえます~』に頂いた感想を多数掲載しています。