約束のクリスマス––父さん、あの日の約束を忘れたの?

 

クリスマス前夜、明は子どもたちの寝顔を見ながら、過去の自分を重ねていた。

 

「クリスマスにはプレゼントをたくさん持って、必ず迎えに来るから、ここでいい子にしているんだよ」

 

父は言った。明と弟の清がキリスト教系の施設「のぞみ園」に預けられた時のことだ。

 

「嫌だ! 父さん、置いて行かないで!」

 

父と一緒に行けないことを悟った二人は父にすがった。

 

「クリスマスまでだよ。クリスマスまで我慢するんだ、いいね、約束だよ」

「本当だね、父さん! クリスマスには迎えに来てくれるんだね。約束だよ!」

「ああ、約束するよ」

 

父は二人を抱きしめて、のぞみ園を去って行った。のぞみ園の園庭にある大きな銀杏の木の前で、父は立ち止まっていつまでも手を振っていた。

 

しかし、明と清は「のぞみ園」での生活になかなか馴染むことができなかった。

 

「兄ちゃん、父さんはまだ迎えに来てくれないの?」

「泣かないで、清。クリスマスまでの辛抱だよ。父さんと約束したじゃないか」

「父さんはクリスマスプレゼントを持って迎えに来てくれるって、約束したよね」

 

二人はクリスマスが来るのを指折り数えて待った。「のぞみ園」に預けられた時は深緑だった園庭の銀杏が黄葉し、落葉して、クリスマスが来た! 明と清は父が迎えに来るのを今か今かと待ち構えていたが……。

 

「兄ちゃん、父さん、迎えに来てくれないのかな、約束を忘れちゃったのかな……」

明を見つめる清の目から涙が溢れた。

「きっと父さんは、仕事が忙しいんだろう。大丈夫、きっと迎えに来てくれるよ」

 

明は泣きたい気持ちを必死でこらえて、清を抱きしめて言った。父が本当は自分たちを捨てていったのではないか、クリスマスに迎えに来るなんて約束は嘘だったのではないかと明も思い始めていたからだ。

 

明と清は、毎年クリスマスが来るたびに父を待ったが、結局、父は二人がのぞみ園を離れる年齢になっても現れなかった……。

 

明は成績優秀だった。高校を卒業して「のぞみ園」を出ると、昼は働き、大学の夜間コースで学んだのだった。

 

––俺はちゃんと仕事して、結婚して、温かい家庭を持つんだ。

 

固い決意のもと、教員採用試験に合格し、中学の社会科の教師になった。同僚の穏やかで優しい女性と結婚してから五年。二人の子どもも授かった。

 

––どうして、父さんは、こんなに可愛い存在を捨てられたんだろう。父さんにとっては、僕たちはお荷物だったのかな……。

 

明はそう思うたびに、父への思慕と憤りが交錯して、どうしようもない気持ちになるのだった。とりわけクリスマスが近づくと、その思いが強まるのだ。

 

明は子ども部屋に向かった。五歳の時に最後に会った父の面影は、だんだん薄れて行くが……。

 

––俺を愛し受け入れてくれる大切な妻も、二人の可愛い子どももいるのに……。どうして、俺は過去に囚われてしまうのだろう。

 

そう思いながら、息子たちの枕元にプレゼントを置いた時、急にあたりが明るくなった。目がおかしくなったのかと思い、目をこすると、壁があるはずの場所に、庭が広がっていたのだ。そこには大きな銀杏の木があった!

 

「『のぞみ園』だ! 園庭の銀杏の木だ!」

 

明は混乱した。何故、目の前に「のぞみ園」が広がっているのか。これはすべて夢ではないかと思いながら明が銀杏に近づくと、銀杏の木の下には一人の男性が立っていた。明は息を飲んだ。その人は父だったからだ!

 

「父さん!」明は思わず叫んだ。

「明!」と父も叫んだ。

 

会いたい気持ちと憎しみのジレンマに苦しんだことが一気にあふれ出した。

 

「父さん、どうして迎えに来てくれなかったの!」

「迎えに行きたかった。けれど、体をこわしてしまったんだ。焦れば焦るほど、身も心もぼろぼろになってしまって。仕事も、家も失って、路上で暮らすようになって……本当にすまない」

 

父は泣きながら謝罪し、明を抱きしめた。夢の世界のはずなのに、何故か父の身体はとても温かいと明は思った。

 

「じゃあ、僕たちを捨てたんじゃなかったんだね」

「捨てたんじゃない! おまえたちのことを思わない日は一日もなかった。迎えに行けないことが、本当に苦しかったよ!」

「僕たちは父さんが恋しかったよ。迎えに来てほしかった。会いに来て欲しかった。清もきっと、同じ気持ちだったと思うよ」

 

明のことばに、父はうなだれた。

 

「そうだよな……。清にも会いに行かないとな」

「え? どういうこと?」

「いや、なんでもないよ。さあ、受け取っておくれ。クリスマスのプレゼントだ」

 

そう言って小さなスケッチブックを取り出した。そこには「のぞみ園」の銀杏の木の下にいる明と清の姿が、色鉛筆で描かれていた。

 

銀杏の新芽が美しい春、緑深い夏、黄金色に黄葉した秋、落葉した冬。泣いている明の絵はにじんでいた。きっと父の涙の跡なんだろう。明と清が笑っている絵は、父のはずむ心が感じられた。

   

「ありがとう、父さん。ずっと、見ていてくれたんだね……」

「ああ、そうだよ。絵に描くしか出来なかったが、おまえたちは父さんの大切な……」

   

その時、携帯電話が鳴った。ハッとしてあたりを見回すと、そこは子ども部屋だった。息子二人がすやすやと寝息を立てて眠っている。

 

―今のは夢だったのか?

  

そう思いながら、子どもたちを起こさないように子ども部屋を出た。慌てて電話に出ると、電話は警察からだった。明は警察からの電話を聞いて呆然とした。

  

父さんが死んだ!

  

父さんは六十歳代になっているはずだけれど、今の時代、死ぬような年齢ではない。無理がたたったのだろう。でも、あの夢は……。

  

「もしもし、聞こえていますか?」

「あ、はい!」

  

警察に問われて、思わず上ずった声を出してしまった。

  

―もしかして、最後に会いに来てくれたのかもしれない……。

   

「父に遺品はありましたか?」

「発見された時に、抱きしめていたものがあって、それが小さなスケッチブックだったそうです」

「色鉛筆で描いた絵ですか?」

「どの絵にも男の子が二人描かれていましたが、色鉛筆かどうかは……」

  

明はやっとの思いで、父を引き取りに行くことを警察に伝えた。

  

––父さん、ずっと愛していてくれたんだね。あの日の約束を、守ろうとしてくれたんだね!

  

そう思うと涙が堰を切ったようにあふれ出た。胸が締め付けられるようだった。子ども部屋の外で、号泣する明に妻が駆けより優しく抱きしめてくれた。

  

その時また、携帯電話が鳴った。今度は弟の清からだった。きっと清のところにも、父は会いに行ったのだろう。

  

父に会いたくて切なかった。父が自分たちを捨てた過去に囚われ苦しかった。それでもクリスマスの夜、父が自分たちを愛していたことを知ると、今までどんなに消そうとしても消せなかった父への葛藤が、静かに消えていくのを感じたのだった。

   

––父さんは、ずっと俺たちを愛してくれていたんだ。俺は愛されていた。愛されていたんだずっと……

  

窓の外には、「きよしこの夜」が静かに鳴り響いていた。月の光が明を照らし、それは、未来への祝福のように見えたのだった。

  

 

 

 

<完>

 

 

京都在住セラピスト作家:村川久夢(むらかわくむ)

 

 

 

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