《小説紹介》
主人公・美優(みゆ)は、大雪の日、残業をしていて、オフィスに一人取り残されてしまう。しかし、美優の前に現れたのは、意外な人物だった––!
本当に大切なのは、華やかさではなく、そばにいてくれる温もりだった。
4
その時、「あぁ、さぶぅ! 雪、きつう降ってるし」という声がした。外回りに出ていた垂水大地がコートについた雪を払いながら、オフィスに帰って来たのだ。
「あれ? 美優先輩、雪がきつうなってきたのに、まだ帰らへんのですか?」
「うん、明日の会議に提出する企画書を急に修正するように言われて……」
「ええ! それって酷いですよね。急に……」
「こんな日にかぎってプリンターの調子が悪なるし」
月影早紀たちと昨年入社した垂水大地は、亮太のように目立たないが、切れ長の目が上品な、整った顔をしている。真面目な仕事ぶりで、地道に得意先をまわって、新規の契約を取ってきたりしているのだ。
「僕が見てみましょうか?」
大地はコートを脱いで、プリンターの調子を見てくれた。今まで一人ぼっちで見捨てられたような気持ちだった美優は、ひどくほっとした気持ちになった。
「ほら! 動きましたよ! 紙詰まりがひどかったみたいですね」
「わあ……。ありがとう!」
「心配せんといて下さい。あとは僕がやっときますから」
そう言ってウインクし、大地は印刷機に向かった。その間に、美優が作業を終えると、横からすっとコーヒーが差し出された。
「砂糖もミルクも入れました。こんな時はちょっと甘い方がええし」
「気ぃ利くんやね、大地君!」
「美優さんほどやないです」
美優はコーヒーを飲んでホッとしたが、帰りの交通機関のことが気になり始めた。大地は美優の様子で察したのか、スマホを取り出して、天気予報を見た。
「先輩、お家、どこですか? 電車もバスも運休してるみたいです」
「ええ! 私、米原やねん。琵琶湖線で通ってるねん」
「けっこう遠いですね……。この雪の中、歩いて帰れる距離やないし……」
––大地くんが帰ったら、このオフィスで朝まで一人やろうか……
––三十歳の誕生日はさんざんやな……
––私はなんてついてないんやろう。
––仕事ができなくても、気が利かなくても、華のある美人は大事に扱われるのにな……
美優の頭に、亮太の車で早々に送ってもらって帰宅した早紀が浮かんだ。前は亮太の助手席に乗っていたのは、美優だったのに。
「美優先輩、僕の家は京都市内やし徒歩圏内です。僕の家に来ませんか?」
「そんな……。さすがに男の人の家には泊まれへんわ」
「あ! すんません! そういう意味とちごて。僕は、おばあちゃんの家に住んでいるんです。お客さんが泊まれる部屋もあるし……。僕は離れで寝泊まりしてるんです、もちろん危険なことなんてありませんから!」
大地の真剣な表情に、思わず美優は笑ってしまった。オフィスに一人ぼっちになるのは怖いし心細い。美優は思い切って言った。
「厚かましいけど、お家に泊めてもらうわ……」
つらい状況にあっても、誰かひとりわかってくれる人、助けてくれる人がいれば、乗り越えられるという。美優は本当にその通りだと思った。大地が手伝ってくれたのは雑用だったが、気持ち的にはずいぶん救われたのだった。
5
会社のビルを出ると、一面に雪だった。まるで別世界でシーンとしていた。道路にも歩道にも雪が積もっている。植え込みは雪がこんもり積もって怪獣のようだった。
大地の家は、会社から徒歩二十分ほどのところにあると言う。パンプスを履いた美優が歩きにくそうにしていると、大地が支えてくれた。
「美優先輩、意外と小さいんやね。会社ではもっと大きく見えるけど」
「偉そうにしているからかな?」
冗談めかして言ったが、大地は「そんな意味と違います!」と真剣に言い返した。
「美優先輩は、偉そうにせえへん。誰に対しても優しい。俺みたいな新人にも……」
「そうかな?」
「それに美優先輩が提案したセミナーはいつもスムーズに運んで評判もいいし、お客様によろこばれてますやん」
美優は大地が自分のことをよく見ていることに驚いた。大地に支えられて歩いているうちに、あたりは閑静な住宅街に入った。
道中、大学の頃から祖母の家の離れに住んでいること、祖母が優しい人だと話してくれた。大地の父は役所に勤めていて、母は専業主婦だという。大地ははっきり言わなかったが、実家はその地方の旧家で土地持ちのようだった。
大地が「美優先輩、うちはここやで」と言った家があまりに立派な純和風の家だったので、美優は驚いた。
「おばあちゃん、もう寝てるかな? 起こしたら悪いし、離れの方へどうぞ」
「ほんまにごめんなさいね。こんなに遅くに……」
離れも立派な建物だ。大地が足を拭けるように乾いた雑巾を持って来てくれた。部屋に上がると、大地はこたつのスイッチを入れ、クラシカルな石油ストーブに火をつけた。灯油を焚くにおいが、なんだか懐かしい。
「何から何までありがとう。大地君が帰って来た時、誰も助けてくれへんし、心細いし、半泣きやった……」
「美優先輩ひとり残して帰ってしまうなんてみんな酷い」
「私がもっと美人やったら大事にしてもらえたかも知れんけれど……」
必死で仕事をしている美優のそばを、笑いながら帰って言った亮太と早紀の姿がうかんだ。大地たちが入社して来る前は、亮太と仲良くしていたのは、自分だったことを美優は大地に打ち明けた。
「亮太先輩は、私といるとしんどいって……」
「それは、亮太先輩にとって親が大学教授で、できて当たり前って環境もプレッシャーやったやろうし、そこへできる女性は荷が重かったかもしれませんね」
美優は六歳も年下の大地が、自分よりよくものごとを見ていることに驚いた。そう言えば、他の男子社員と違って、大地は早紀を特別扱いしない。
「早紀ちゃんは、みんなにチヤホヤされるさかい、困ったことが起きた時、自分で解決する力がないねん」
「私は早紀ちゃんみたいに可愛げがないのかって悩んでいたけれど……」
「美優先輩は自己解決できる力があるし、誰かに媚びたりへつらったりする必要がない。そやし、周りの人を助けてあげられる。誰に対しても優しくできはる」
「大地君……」
亮太が早紀を特別扱いする度、自分をみじめに思っていた美優は、大地のことばで心が軽くなり、温かいものが流れ込んでくるのを感じた。
「美優先輩、お腹すいたやろ? 僕、けいらんうどん作れるねん」
「けいらんうどん? ああ、卵とじのあんかけやね」
「作ってあげる」
「私も手伝うわ」
二人は台所でけいらんうどんを作った。おろし生姜が薬味だ。考えてみるとお昼にあわててお弁当を食べてから、何も食べていなかった。二人で作ったけいらんうどんは、空腹に染み入るように美味しかった。心も体も温めてくれるように感じる。ひとり残業していた時の不安や苦しさが嘘のようだった。
「そろそろ、日付が変わりますね」
「ああ……そやね。今日な、私の誕生日やってん。三十歳の……」
「ほんまに? なんや、お祝いの料理がけいらんうどんで堪忍して下さいね」
「ううん。誰にも祝われへんと思ってたさかい、そう言ってくれはるだけで嬉しい」
そう言ってけいらんうどんを口に運ぶと、温かさがまた身に染みる。大地をぼんやり見ながら、美優は今日一日のことを思い出した。オフィスで一人取り残されそうになったことをぼんやり思い出していた。
「温まりますね」
大地がそう言いながらうどんをすする。美優も微笑んだ。今このあたたかさは本物だ。
「ほんまや、温まるね」
そういって、美優もけいらんうどんの丼を両手で包んだ。雪は朝まで降るらしい。だがこのあたたかさの中なら、どこまででも頑張れる気がした。それは特別な、誕生日プレゼントだったかもしれない。
大雪が降り積もった静寂の世界は、美優に新しい人生の訪れをそっと告げていた。
<完>
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『大雪の誕生日』(前編)

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