【短編小説】僕は爪~目立たないところでいい音を出す

《小説紹介》

旅するギタリストのオジサンとその爪くんの物語。ギタリストのオジサンが、相棒の爪くんと奏でる響きが、疲れた人や落ち込んでいる人の心を癒し、元気を運ぶ様子をご覧下さい。

 

 ・・・・・*・・・・・*・・・・・

僕は爪~目立たないところでいい音を出す

 

ライブが終わった。

僕は爪。

目立たないけれど、音楽を影から支える小さな相棒だ。僕はオジサンとずっと一緒に旅を続けてきた。

 

だから、オジサンのライブの後はいつも、みんなが拍手を止めないことを知っているんだ。

 

今日も拍手が鳴り止まず、ギタリストのオジサンは、ちょっとはにかんだ表情でお辞儀をして、アンコール曲を演奏したよ。

 

オジサンは街の小さなバーや個人のお家でギターを演奏している。

 

オジサンのライブにやって来る人は……

仕事帰りのサラリーマン

家事を早めに片づけて駆けつけたオカアサン

言い訳しながら定時で抜けてきたOLのオネエサン

みんなオジサンのギター演奏を聴くのを楽しみにしているんだ。

  

ライブが始まると、オジサンが僕を使ってクリアで輪郭のある音を出す。

 

指だけで弾くのと、僕を使って弾くのでは音の出方が変わるんだ。

僕を使うと、弦がしっかりと弾かれるから、音量が大きくなり、はっきりとした音が出る。

僕の形や硬さによって音質も変わり、僕を整えることで澄んだ音や柔らかい音が調整できるんだ。

これで演奏に強弱が出やすくなって、感情豊かな演奏ができるんだよ。

 

みんなオジサンが奏でた音を一音も聞き逃さないように、演奏に聞き入っている。

 

曲の最後の一音が終わった後も、音は壁や床や天井に反射して響くんだ。

 

みんなその響きを「いつまでも聞いていたい」という顔をして、息をひそめている。響きが止まると、みんなが一斉にフーと息をする。不思議な一体感が生まれるんだ。

 

オジサンは、みんなの息遣いが聞こえ、壁や床に反射した響きが聞こえることが、小さな会場で演奏する醍醐味だって、いつも言っているよ。

 

オジサンは曲の間に、面白いお話をしてみんなを笑わせる。オジサンの話に大笑いしていた人たちには、演奏が進むと、不思議なことが起こるんだ。

 

サラリーマンは目を閉じてうっとりとギターの音色に酔いしれている。曲に乗って、彼の体が揺れるんだ。

本当に気持ちよさそうに。

 

OLのオネエサンの大きな目には、いつの間にか涙が湧き上がって、キラキラ光っているよ。涙はオネエサンの大きな目から、輝きながら頬にこぼれるんだ。

硬かったオネエサンの表情は柔らかくなって、今はイキイキしている。

   

疲れた表情だったオカアサンは、ハンカチを握りしめ、演奏に合わせて、楽しそうに首を振っているんだ。

今にも歌い出しそうに。

 

他にも涙を浮かべる人がたくさんいるよ。

でもね、その人たちはちっとも悲しそうじゃないんだ。

ライブ会場に入って来た時は、どこか浮かない顔をしていた人たちは、涙を流しながら、目を輝かせて、明るい顔になっていく。

 

その人たちの心を押し込めていた蓋が、ポーンと外れるかのように。

 

そんな時、僕はとっても誇らしい気持ちになるよ。

オジサンの澄んだギターの音色が、聞く人の心に溜まった重苦しいものを、洗い流すから。ギターの音色が固く縮こまっていた人の心を解き放つんだ。

 

それに、目立たないけれど、オジサンの演奏にとって、僕はなくてはならない存在なんだ。オジサンは、僕を使って、音の強弱やスピード、音質をコントロールするんだよ。

 

でも、僕は、オジサンにとって単なる「道具」ではない。オジサンの音楽表現を大きく左右する「パートナー」なんだ。

 

僕は簡単に割れたり欠けたりして、オジサンのギターの音色を損なわないように、身体を頑丈に鍛えているんだ。

 

それに、オジサンは僕のことをとても大切に思ってくれているんだよ。

僕が乾燥して割れたりしないように、保湿クリームや爪磨きでケアして、割れにくい形に切り揃えてくれる。

 

でも……オジサンのギターの音色に聞き惚れる人はたくさんいても、僕がこんなに頑張っていることを知ってる人はあまりいないんだ。

 

でもいいんだ!

 

僕がいなければオジサンの深いギターの音色が、出ないことを、誰よりもオジサンがわかってくれている。

僕はオジサンがギター演奏をする相棒になって、オジサンが奏でたいと思う深い音を出せたらうれしい。

 

僕はオジサンの相棒として、これからも旅をつづけるよ。

僕は爪!

目立たないところでいい音を出す。

それでいいんだ。

 

(終わり)

 

・・・・・*・・・・・*・・・・・

 

《あとがき》

京都在住セラピスト作家:村川久夢

 

約10年前、演奏から感銘を受けたギタリストさんに、なんとわが家で5回もホームコンサートをして頂きました。

 

そのとき、間近でギターの響きを感じる機会を得たのです。

響きは耳から伝わるだけでなく、全身からお腹や胸にも伝わり、心を押しつけていたものをぽ~んと外してくれたのです。

その経験をギタリストさんの爪が語る物語として描きました。

 

このように「響きが心を癒やし、解き放つ」というテーマは、私の長編小説『凍る声、溶ける弦』の原点でもあります。

心に深い傷を負った主人公の四季(しき)と、若きギタリストの颯太朗(そうたろう)。

颯太朗が奏でるギターの響きと、四季の歌声が共鳴して、お互いの傷を癒し、心を解放します。

 

ぜひ、『凍る声、溶ける弦』も読んでみて下さいね。

 

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(note創作大賞応募作品)

『凍る声、溶ける弦』

 

(【短編小説】僕は爪~目立たないところでいい音を出す:村川久夢)

 

 

 

 

 

 

✨️note創作大賞(恋愛小説部門)に『凍る声、溶ける弦』を応募しました。

還暦を機にボイトレを始めた四季。

実力派の若きギタリスト颯太朗。

母のことばに縛られ、人の顔色に過敏になり声が出なくなる四季。

実母からの虐待という過去に苦しむ颯太朗。

愛されない存在だと思い込んできた二人の傷ついた魂が、音楽を通じて重なり合い、奇跡の共鳴(レゾナンス)を果たす――。

10周年の集大成となる大人の長編恋愛小説、全編一挙公開です。

ぜひ、二人の共鳴の結末を見届けてください。✨

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【note創作大賞応募作品】『凍る声、溶ける弦』

 

 

 

 

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