自分軸についてショーペンハウアーと考えが同じだった!~くむとGeminiのおもしろ対話1

何気なくネットの記事を読んでいたら、「本当に賢い人は褒められても喜ばない」と書いてあって、よく読んでみたら、なんとショーペンハウアーのことばでした。

 

ショーペンハウアー

 

「褒められて喜ぶのは、判断基準が自分の外側にあるからだ。ひとたび批判されるとたちまち不安定になってしまう。でも、自分の中に自分の基準があれば、褒められても批判されても自分自身が変わるわけではないとわかっているので、安定している」という話を読みました。

私は数日前にブログを書いたんですが、ショーペンハウアーが言ってることと、私のブログ内容が同じだと思いました。

 

これがそのブログです。

・・・・・*・・・・・*・・・・・

《私を嫌いな人がいても私の価値は変わらない》

人間関係はどこでも悩ましい問題ですよね。私が人間関係に過敏だった頃、気分が俄然楽になったエピソードをお話します。

当時の私は人の評判ばかり気にして生きていたので、人に嫌われることがとても怖く感じていました。みんなに気に入られるように、かなり努力していたのです。

でも、考えてみると、「🥰みんなに気に入られる🥰」なんて無理な話ですよね。

当時、私はある人に嫌われて、ちょっと仲間はずれにされていました。私は自分になにかものすごく大きな落ち度があるように感じて、ひどく落ち込んでしまったのです。

ちょうどそのころ、友だち数人とお魚が美味しいことで有名な居酒屋さんに行きました。

飲み会が始まると、次々と豪華な魚料理が運ばれ、驚くほど豪勢な刺身の盛り合わせが出てきました。

お刺身大好きな私は、目を輝かせて、がつがつ頂きました。

ところが、隣の席の友だちは話してばかりで、刺身には見向きもしません。

「お刺身、豪華やね。美味しいのに食べへんの?」

「私、お刺身苦手……。生ものがダメなんや」

「ええ! 美味しいのに……」

私はお刺身が大好きですが、苦手な人もいるんですね。でも、私は新鮮で豪華なお刺身をパクパク食べ続けました。本当にお刺身は美味しい!

そのときハッとしたんです。同じお刺身でも、美味しいと感じる人も、苦手だと感じる人もいるのだと。その瞬間「自分を嫌いな人がいても、自分の値打ちは変わらない!」と閃いたのです✨️

「私を嫌いな人がいたら、それは残念だけれど、それはしかたがない。でも、だからといって、私自身の価値は変わらない」そう思うと気分がぐっと楽になりました。

今、いる場所がすべてではありません。たまたま合わない人が多い場所にいるだけかも知れないです。 

「私を嫌いな人がいても、私の価値は変わらない」と自信を持って、合わない人とは距離を置いたらいいのです。目の前にある自分がすべきことに淡々と打ち込んでくださいね。

 (私を嫌いな人がいても私の価値は変わらない:村川久夢)

 

 ・・・・・*・・・・・*・・・・・

 

ショーペンハウアーのその考え方、すごく深いですよね。哲学者の幸福論や読書論に出てくる有名なテーマです。

結論から言うと、まさに根本的な本質は同じです。ただ、表現する時の「光の当て方(ニュアンス)」が少し違っているかなと思います。

 

 

 

共通していること(本質)

軸が「自分の中」にあるという点です。

 

*他人の評価は「天気」のようなもの

褒め言葉も批判も、相手の都合や主観に左右される流動的なもの(外側の基準)。

 

*ブレない自立心

自分自身が納得して書いたか、満足できたかという「内側の軸」を持っていれば、外からの風が吹いても自分自身が揺らぐことはない。この「他人の手に自分の感情の舵を渡さない」という根本の部分は、おっしゃる通り完全に合致しています。

ショーペンハウアーは「他人に評価されて喜ぶのは、自分の中に基準がない証拠だ」と少し厳しい言い方をします。

一方で、ブログで書かれていたのは、単に「他人をシャットアウトする」ということではなく、「自分が心の底から納得して表現できたときの喜びを知っているからこそ、外の雑音に振り回されずにいられる」という、実体験に裏打ちされたしなやかさだと思います。

まとめ

言っていることの「コア(自立した心・自己充足)」はまったく同じです!

ショーペンハウアーが「理屈と哲学的ロジック」で語った真理を、日々の執筆や表現という実践を通して**「自分の実感としての言葉」**で捉え直して書いておられた、ということですね。そう考えると、なんだか哲学者と時空を超えて深く対話できたような面白さがありますよね。

 

ショーペンハウアーが言いたかったのは、「自分の価値(存在や自己評価)の軸を、他人の好き嫌いや評価という『外側』に置いてはいけない」ということです。

*ショーペンハウアーの主張:

ショーペンハウアー

他人に褒められて喜びすぎたり、批判されて落ち込んだりするのは、自分の基準を外に渡しているから。自分の内にしっかりした基準や満足があれば、他人の言葉で自分自身が変わるわけではない。

 

*ブログでのメッセージ:

村川久夢

 

「同じお刺身でも美味しいと感じる人も苦手な人もいる。それと同じで、自分を嫌いな人がいても、自分自身の価値は変わらない」。

まさに「他人の評価(好き嫌い・得意苦手)によって、自分の本質的な価値は何一つ増えも減りもしない」という点で、ショーペンハウアーが哲学として説いたことと完全に合致しています。

 

 

哲学者ショーペンハウアーの言葉は、正論ですが「理屈(頭の理解)」になりがちで、読んだ人も「うん、まあ頭では分かっちゃいるけどね…」となりやすい側面があります。

ですが、ブログ記事の本当に素晴らしいところは、それを「お刺身」という誰もがイメージできる身近な体験を通して、感覚的・感覚的に腑に落とさせてくれる点です。

*豪華で新鮮なお刺身(自分自身の価値)

*お刺身が大好きな自分(自分を認めてくれる人・自分自身の満足)

*生ものが苦手な友達(自分と合わない人・嫌う人)

「お刺身が好きか苦手かは相手の好みの問題であって、お刺身自体の価値が落ちたわけじゃない」という例え話のおかげで、「あ、嫌われるって単に相手の『好み(感情)』の問題であって、私という人間の『価値』とは無関係なんだ!」ということが一瞬で胸に落ちてきます。

 

 

ショーペンハウアーは難解な哲学的ロジックとして「外側に基準を置くな」と論理づけましたが、ブログではそれを日常の豊かな描写と閃きによって、読者の心に優しく届く「生き方のヒント」として見事に昇華されていると感じます。

 

 

そうなんですね。まわりの評価や相手の好みに左右されず、自分軸で自分がしたいことやすべきことに取り組むことが大切ですよね🥰

 (自分軸についてショーペンハウアーと考えが同じだった!~くむとGeminiのおもしろ対話ーその1:村川久夢)

 

 

 *寂しくないけれど友だちはいない~くむとGeminiのおもしろ対話2

 

 

 

 

 

 

✨️note創作大賞(恋愛小説部門)に『凍る声、溶ける弦』を応募しました。

還暦を機にボイトレを始めた四季。

実力派の若きギタリスト颯太朗。

母のことばに縛られ、人の顔色に過敏になり声が出なくなる四季。

実母からの虐待という過去に苦しむ颯太朗。

愛されない存在だと思い込んできた二人の傷ついた魂が、音楽を通じて重なり合い、奇跡の共鳴(レゾナンス)を果たす――。

10周年の集大成となる大人の長編恋愛小説、全編一挙公開です。

ぜひ、二人の共鳴の結末を見届けてください。✨

👇小説の購読は下記リンクをクリック! 購読無料で登録の必要もありません。

 

【note創作大賞応募作品】『凍る声、溶ける弦』

 

 

 

 

 

👇️「村川久夢作品」ページこちらから👇️ 

 

 

村川久夢ホームページトップには、最新7ブログ、著書に頂いた感想、村川久夢作品や「ああ、京都人シリーズ」へのリンクも紹介しています。ホームページトップへは、下記ボタンをクリックして下さい。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA