▶自然に親しんだ記憶がない子ども時代
私は高度経済成長期に下京区の住宅街で育ちました。そのせいか、子どもの頃に自然に親しんだ記憶がほとんどないのです。
幼かった私が、「夏が来たな~!」と感じるのは、昼食が素麺ばっかりになるときや、駄菓子屋でアイスクリームを売り始めるときでした。
しかし、滋賀県米原市(当時は坂田郡米原町)にあった母の実家は、本当に田舎で、周囲は田んぼと畑ばかり、遠くに琵琶湖の松林が見えました。
近くにお店なんてありません。たまに自転車でアイスクリームを買いに行っても、バーのアイスだと家に着くまでに溶けてしまうので、いつも決まってカップ型のアイスを買うような。それほど田舎だったのです。
今は米原に祖父母の家はありません。
10年くらい前、叔父に祖父母の家があったところに連れて行ってもらいましたが、そこから琵琶湖の松林が見えたことなど嘘のように、住宅だらけになっていました。
子どもだった私には、米原の祖父母の家に行くのが、本当に楽しみだったのです。
祖母に連れられて、畑にトマトをもぎに行ったことがありました。
都会の生活しかしらない私は、トマトは八百屋のザルに盛られて売られているところしか知りません。
大地から茎が伸びて、大きな葉がつき、枝(?)に真っ赤になったトマトがなっているのが、とても不思議でした。
▶田んぼの畔で見つけた可憐な薄いピンクの花
母方の祖母は孫に対してだけでなく、誰にも親切で優しく、無欲で働き者でした。いつも笑顔で穏やかだったのです。
ところが、一度だけ、別に悪さをしたわけでもないのに、祖母に叱られたことがありました。
夏に米原に行ったとき、畑と畑の間にある土道を歩いていると、畔に青々と茂った草むらに薄いピンクの朝顔のような花が見えたのです。
半世紀以上経った今でも、ぼんやりその光景が思い出せるほど、その花は可憐でした。
手を伸ばすと花の茎に届いたので、引っ張って茎ごと花を祖父母の家に持って帰りました。
「おばあちゃんに見せてあげよう」と思って……。

▶なんでおばあちゃんは怒ったの?
わくわくしながら玄関の障子を開けると、祖母がその花を見て、大きな声で言ったのです。
「なんでそんなもん持って帰ってきたんや! 耳だれができるで! 捨てといで」と。
母方の祖母の怖い顔を見たのはそのときだけでした。
――こんなに綺麗やのに……。
取ってきた田んぼの畔まで捨てに行きました。そこには、可憐な薄いピンク色の花がたくさん咲いていたのです。
花は綺麗だし、なぜ祖母が怒るのかもわからず、悲しかったのを覚えています。
▶京都の家と米原の家
あのころの祖母は何歳くらいだったのでしょう?
自分が中学生や高校生の孫がいても不思議でない年になって、ふと、祖母に叱られたことを思い出しました。
その花が夕顔だったか、昼顔だったか思い出せません。
画像検索して、薄いピンクの花を見ると、畔に青々と茂っていた草、京都では嗅ぎなれない夏くさい(?)匂いが嫌だったことも思い出されます。
畑の土や野菜の茎や葉の匂いでしょうか? ムッとするような匂いに辟易したのも思い出しました。
今、振り返ると、祖父母の家に行くのは楽しみでしたが、数日滞在すると、10メートルも離れていない場所に駄菓子屋がある狭い京都の家に帰りたくなったものです。
田舎は年に数回行くだけだから、自然に触れてのびのびできて楽しかったのでしょう。
そう考えると、父方の祖母は一緒に暮らしていたので、毎日叱られていました。実際、京都のしきたりを頑なに護る頑固で厳しいおばあちゃんでしたが。
本当に母方の祖母は無欲で働き者で誰にも優しい人でしたが、年に数回会うだけだったので、美化されたところもあったのかも知れません。
ふと蘇った、おばあちゃんの怒った顔と昼顔の花の思い出です。
(おばあちゃんの怒った顔と昼顔~初夏の思い出:村川久夢)

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