【短編小説】「美味しければお客さんが来てくれる!」それってホント?

近所に新しいカレー屋さんができたんです。白いドアと青い屋根がオシャレなカフェ風のお店です。

でも、なんとなく入りにくい……。

思い切ってドアを開けると、若いオネエサンがカウンターの向こうで調理中でした。

――入ってもよかったのかしら?

「あの……いいですか?」

「ええ……あ! いらっしゃいませ……」

キョロキョロあたりを見回しましたが、メニューが見当たりません。壁に野菜がたっぷりのカレーの写真が貼られています。「季節の野菜カレー」がメインメニューのようです。

相変わらずオネエサンは黙ったままで、なんだか居心地が悪いのです。

「あの……あのカレーはいくらですか?」

「ああ、夏野菜カレーですね。千円です」

「じゃあ、夏野菜カレーを」

オネエサンは冷たいお水とカトラリーケースを運んできましたが、何もいいません。

しばらくすると、何かを炒める音が聞こえてきて、カレーのいい香りも漂ってきました。

オネエサンは夏野菜カレーをテーブルに置くと、

「ごゆっくり」

ぽつんと言って、またカウンターの向こうで調理を始めたのです。

お腹がグルっと鳴ります。カレーには、こんがり焦げ目がついたカボチャ、ズッキーニ、パプリカが、トッピングされています。

一口食べるとカレーの辛味だけではなく、甘みも感じます。

「美味しい!」

思わず声が出ました。トッピング以外にも、なす、トマト、オクラなど、野菜の旨味がしっかりきいています。

ご飯には黒っぽい粒や白っぽい粒が混ざっていて全体に薄い赤紫。雑穀米でしょうか。この甘みの秘密は何だろう?

オネエサンに尋ねようと思いましたが、調理に一生懸命な様子で、どうしても声をかけられませんでした。

蒸し暑い日でしたが、夏野菜がしっかり煮込まれたコクのあるカレーを食べると、お腹は一杯になって、元気も出てきました。

飲み物やデザートはないのかと思いましたが、オネエサンは話しかけてほしくない様子なので、水を飲み干して、お金を払って店を出ました。

 

夏野菜カレーがとっても美味しかったので、私は何度か、オネエサンのお店に行ってカレーを食べましたが、オネエサンの様子はいつも同じ……。カウンターで調理に一生懸命なんです。

それに心配になるくらいお客がいません。カレーはとっても美味しいのに。

お店の前を通りかかると、窓から店の中が見えますが、たいていお客はいなくて、オネエサンが一人で調理中なのです。

調理しているオネエサンの横顔が「私のカレーは美味しくないのかしら……」と語っているように見えました。

オネエサンの野菜カレーは、確かにヘルシーで美味しいのですが、ガッツリカレーを食べたい人には、ちょっと物足りないかも知れません。

それにオネエサンは、野菜カレーを美味しく調理するのは熱心ですが、接客が苦手なのでしょう。

私はしばらくの間、なんとなくそのお店に行きませんでした。

 

それからだいぶ経って、そのお店の側を通りかかりました。

――お店はまだやっているかしら? つぶれてるんじゃないかな?

ところが、なんとお店は若い女性客でいっぱいだったのです!

お店の前には、黒板が置かれていて、赤・白・黄・青・緑のチョークで野菜カレーの絵が描かれています。

カレーの絵の下には、カレーに使われている香辛料の説明、そして野菜は有機野菜で、ごはんも有機雑穀米だと書かれています。

「ヘルシーで美容効果も期待できます💕」という文字は黄色いチョークで縁取りされています。

お店にはいると雰囲気がぜんぜん違うのです。

「いらっしゃいませ」

オネエサンが笑顔で声をかけてくれました。

「お客さん、お久しぶりです。お店の紹介パンフレットです。良かったら読んで下さいね」

そう言ってパンフレットをくれたのです。

パンフレットには、香辛料のこと、有機野菜、有機雑穀米のこと、それらに健康効果が期待できることも書かれています。

オネエサンは笑顔でカレーを運んで来てくれました。

野菜カレーが美味しいのは、以前と同じでした。でも以前は香辛料のことも野菜が有機野菜であることも知りませんでした。

家に帰ってパンフレットを読むと、オネエサンがブログを始めたことが紹介されていました。ブログは毎日更新されています。

オネエサンがあちこちのカレーを食べ歩いたこと、スパイスや有機野菜や有機雑穀米を求めてあちこち旅したことも写真付きで紹介されていました。

「私がこのお店をしようと思った理由」のコーナーもあって、美味しくヘルシーなカレーを食べたい人にこのお店の「季節の野菜カレー」を食べてほしいと書いていました。

――オネエサン、頑張ってるんだ!

私はなんだかうれしくなりました。

 

次にオネエサンのお店に行ったのは、昼食の混雑が済んだあとでした。

「また来てくれたんですね。ありがとうございます」

「カレーが美味しいのは前と同じだけど、お店の雰囲気が変わりましたね」

「前はカウンターで調理ばっかりしていて、愛想がなくてすいませんでした」

私は見抜かれたようでドキッとしました。

「私、調理は好きなんですが、お客さんにどう接したらいいかわからなくて……。それではお店の経営者としては失格ですよね」

「いや、そんな……。パンフレットも頑張って作ったんですね」

「このままじゃ、苦労して開いたお店が続けられないと思って、頭から湯気が出るほど考えたんです」

オネエサンは自力で作ったパンフレットやチラシを持って、店の前で配ったり、近所にポスティングしたりしたと言います。

「パンフレットやチラシを作って初めて、私がなぜ野菜カレーのお店を始めたのかが、自分でもはっきりわかったんですよね」

「正直、カレーは美味しいし、どんな工夫をしているのって尋ねたくても、前は尋ねられない雰囲気でしたもんね」

私がそう言うと、オネエサンは大きな口を開けて、「ワハハ!」と笑ったのです。前に来た時とは、まるで別人のように。

「私、カレーは好きだけど、カロリーが高いし、栄養価も脂質や炭水化物に偏っているような気がして。毎日食べても美味しくて、ヘルシーなカレーを提供したいってそう思ってお店を始めたんです」

「そうですよね。カレーは美味しいけれど、カロリーがね……」

「私がカレーのお店を始めた気持ちが伝わらないと、カレーなんてどこの飲食店にもある料理だから」

私は「美味しければお客さんが自然に来てくれる」と言っていた年配の調理人がいたことを思い出しました。

「料理人あるあるなんですが、味や調理は一生懸命でも、宣伝したり、集客したりを嫌がる人が多いんです」

「クリエイターもそうじゃないかしら。私はアクセサリーを作って、ネットショップで販売しているんですが、アクセサリー作家もそういうとこがあって」

「宣伝っていうと売り込みみたいで抵抗があるけれど、私の野菜カレーを必要としてくれる人がいても、私のカレーのことが伝わっていないと、必要とする人に食べてもらえないから」

「作る努力と届ける努力をしないとダメですよね」

オネエサンのカレーは今日も有機野菜たっぷりで、有機雑穀米のごはんも噛みしめると甘みが湧いて、カレーと相性ぴったりだと思いました。

オネエサンとの会話も楽しく、私はお腹も心も満ち足りて、お店を出たのでした。

おわり

(【短編小説】「美味しければお客さんが来てくれる!」それってホント?:村川久夢)

 

 

 

 

 

 

贅沢好みでパチンコ大好きな夫と、倹約と貯金が命の妻。この短編小説では、 水と油のような二人が、ケンカをしたり、足りない部分を補いあったりする日常をコミカルに描いています。

きっと「あるある!」「うちもそう!」とクスッと笑ったり、ホロリとしたり、ほのぼのできる短編小説です。

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