価値観の違う夫婦~夫と妻それぞれの「普通」

「普通~やんな!」

友人に愚痴を聞いてもらっていた時、私はさして長くない時間に、何度もそう言ったらしいのです。友人に指摘されて驚きました。無意識のうちに、自分の基準を正解だと思い込んでいたのですね。

よく考えると夫が生きていた頃、お互いの「普通」が違っていて、よくバトルになりました。

 

 

亡くなった夫も私も旅行が好きで、何度も旅行をしましたが、その度に「普通」の違いでケンカになったものです。

私の「普通」は典型的な貧乏旅行でした。

安全で清潔ならホテルのランクにこだわらず宿泊し、現地の人が行くレストランで食事をして、移動はメトロや路線バスを使いました。

観光地にも行きましたが、市場やスーパマーケットを歩いて、買い物したり、お店の人とおしゃべりしたり。その土地の生活に触れるのが大好きだったのです。

夫の「普通」は典型的な大名旅行でした。

ドアマンがいる高級ホテルに泊まり、アメリカ大統領が食事をしたという有名レストランで食事をして、専属のガイドについてもらい、移動は一等列車やタクシー。

デモンストレーション付きの特産品の店で土産物を買うのです。

 

だいたい私が旅行のプランを立てていたので、私たちの外国旅行は貧乏旅行でした。夫はついて来てくれましたが、いろいろ不満だったようです。

「もうちょっと良いレストランで食べようよ!」

「メトロじゃなくタクシーに乗ろうや」

「こんな安物の土産を人に渡せへんぞ!」と。

私は「その土地の素顔に触れるのが旅行の楽しさやん。これが『普通』でしょ?」と思っていたのです。

一度だけ、夫の主導権で外国に行きました。本当に至れり尽くせりの旅行でした。豪華なホテルに泊まり、メインダイニングで贅沢な食事をして、移動は一等車両やタクシーだったのです。

でも、ディープな旅行が好きな私は、何か物足りなさを感じたのでした。そんな私に夫が言ったのです。

「どうや~飯は美味いし、ホテルも豪華やし、ガイドさんもいるから、ゆっくり楽しめたやろ? 旅行はこれが『普通』やぞ」と。

忙しい日常生活からしばし離れて、至れり尽くせりの大名旅行で、夫は自分もゆっくり寛ぎたかったのでしょう。私にもたまにはリッチな気分を味わせてやろうと思ってくれたのでしょう。

 

トレドにて(スペイン)

 

私も夫も押し付けていたつもりはありませんでしたが、お互いけっこう頑固だったので、自分の「普通」が、すべての人に通じる「普通」だと思っていたのです。

でも、100人の人がいたら100通りの「普通」がある。

お互いの「普通」が違うから距離を置いて付き合わないでいられる関係ならともかく、それぞれの「普通」でうまく付き合って行かなければならない夫婦。

自分の「普通」を固持して、他人の「普通」をただ我慢するだけでは、あまりにも疲れるし不毛です。

自分の「普通」が通じない時、相手の立場になって「普通」を理解しようとすると、ずいぶん関係性が違ってくるのではないでしょうか?

私と夫との「普通」の違いが浮き彫りになった外国旅行。

夫の「普通」を理解できたから、私の「普通」では経験できなかった高級ホテル宿泊、豪華な料理、専属ガイドがいる安心も体験できたのです。

自分の「普通」に固執していたら、旅を楽しめなかったでしょう。この気づきは、旅行だけでなく、夫婦関係全般にいえることではないでしょうか?

とか言っていますが、思い余って区役所に離婚届をもらいに行ったこともある私。夫婦関係は、なかなか難しいですよね。

でも、そんなバトルを繰り返したからこそ、相手の「普通」を受け入れる面白さに気づけたのかもしれません。

 

今、「くむくむ書店」では、価値観がまったく違う夫婦の短編小説と付録のエッセイを一冊にまとめた本を出版する予定です。

贅沢好みでパチンコ大好きな夫と、倹約と貯金が大好きな妻。水と油のような二人が、ケンカをしたり、足りない部分を補いあったりするコミカルな短編小説です。

きっとあなたにも「あるある!」「うちもそう!」と感じていただけると思います。

でも、ちょっとほろりとするラスト。

短編小説『たのんまっせ』、付録はエッセイ『価値観の違う夫婦が豊かに共生する秘訣を内緒で教えます!』です。

 

表紙が初公開です✨️

 

近日出版、どうぞお楽しみに!

(価値観の違う夫婦~夫と妻それぞれの「普通」:村川久夢)

 

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