冷戦時代のモスクワ地下鉄~ソ連で出会った「普通の人々」のやさしさ

 41年前、23歳の私が初めて降り立った外国は、なんとソビエト連邦。

初めての外国旅行先はソビエト連邦!

冷戦のさなか、母に「ほんまに帰ってきてくれるんやろうな……」と心配されながらの旅でした。

自由行動の時間、「地下宮殿」と呼ばれていたモスクワの地下鉄に感激したことを思い出したのです。

見ず知らずのロシアの方に親切にしてもらったことも覚えています。みなさん、どうされているのでしょうか?

モスクワの地下鉄の思い出

ふと、思い出した、モスクワの地下鉄の思い出を綴りました。

 

当時、ソビエト連邦の共産党書記長は、ブレジネフ、アンドロポフを経て、チェルネンコでした。冷戦時代と言われる時代だったのです。

ソビエトを訪問した理由は、ソビエトの教育視察でした。

ソビエト連邦の指導者レーニンの妻クルプスカヤは、元教師で教育学者。彼女は、ピオネール運動(共産主義少年団)を組織して、教育者として大きな成果をあげたのです。

レーニンの妻クルプスカヤは元教師で教育学者

私が所属していた教師グループで、ソビエトの教育の視察旅行に行くことになったのです。

旅行前には、グループでクルプスカヤの教育学の著書を読み、モスクワやレニングラード(現サンクトペテルブルク)では中学校やピオネールキャンプも訪問することになりました。

そんな時代だったので、ビザを取得するにも時間がかかったのです。

母は「なんで、ソ連みたいな怖い国に行くの? ほんまにちゃんと帰って来てくれるんやろうな……」と心配したほどでした。

 

初めての外国旅行が社会主義時代のソビエトで、たくさん思い出に残っていることがあり、旅行全体のことを書いたら、膨大な旅行記になってしまいます。

でも、このブログでは一番印象に残っているモスクワの地下鉄のことをお伝えしたいです。

冷戦時代だったこともあり、旅程はすべて事前にソビエトの担当者に提出していて、通訳やガイドがいつも一緒でした。

でも、モスクワでは少し自由行動の時間があったのです。

モスクワの地下鉄は、「地下宮殿」と呼ばれるほど各駅が美しく立派だと聞いていました。

モスクワ大学のエリート学生で通訳兼ガイドのパーシャに案内を頼み、有志で地下鉄に乗りに行くことになりました。

地下鉄のエスカレーターが長く深く、地下鉄は地下シェルターにもなるように設計されていました。

 

地下鉄のエスカレーターは深くて長かった

そうしてたどり着いた地下鉄の駅は、どの駅も想像以上に美しく立派でした。

通路も壁画で飾られていた

駅ごとにフレスコ画、モザイク画、ステンドグラス、彫塑などのテーマで装飾され、天井では豪華なシャンデリアが輝いていました。

フレスコ画の駅で集合写真
天井では豪華なシャンデリアが輝いていた
モザイク画の駅でも集合写真
彫刻の駅で(23歳の私は日に焼けて少し疲れた表情)
車内はこんな感じだった

また、2分間に1本の地下鉄が来て、乗車料金もとても安く、利便性も良かったのです。

しかし、ロシア語はぜんぜんわからない、案内表示もすべてロシア文字(キリル文字)で、当時、英語はまったく通じませんでした。

ロシア語ばかりで何もわからない!

乗車券の買い方や改札の通り方など、わからないことばかりで戸惑っていると、見知らぬロシア人のおじさんが、コインを入れたらいいだけだと身振り手振りで教えてくれました。

私たちがコインを持っていないことがわかると、おじさんが自分の財布からコインを出して運賃を支払ってくれたのです。(3カペイカだったかな?)

また、別のおじさんは、自分が行く方向とは違うのに、わざわざ乗り場まで私たちを連れて行ってくれました。

地下鉄は美しく立派なだけでなく、とても清潔で機能的でした。また、人々には、暗さや、荒んだ感じはまったくありませんでした。

41年前のことなので、モスクワで親切にしてもらったおじさんやおばさんは、もう高齢になっていると思います。みなさん、どうされているのでしょうか?

 

私がキーウ(当時はキエフと呼んでいました)を訪れた時、ロシアとウクライナの友好のモニュメントがありました。(撤去されたと聞いています)

現在のロシアの政治や時事問題には、いろいろな意見があると思いますが、ソビエトで出会った普通の人(?)は親切で優しかったです。

普通の人は、きっと戦争は望んでいないと思います。

でも、戦争を望んでいない人が、いつも一番の犠牲になってしまうように感じるのは、私だけでしょうか?

旅の最後にレニングラード(現サンクトペテルブルク)で「無名戦士の墓」を訪れました。平和を願う永遠の火が燃えていたことを鮮明に覚えています。

無名戦士の墓

41年前に出会った、あの親切なおじさんやおばさん。どうか今も無事で、平和の中で暮らしていてほしいと願わずにはいられません。

 (冷戦時代のモスクワ地下鉄~ソ連で出会った「普通の人々」のやさしさ:村川久夢)

 

 

 

 


 

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