あなたは「おくどさん」とは何かをご存知ですか? 京都ではかまどのことを「おくどさん」と呼びます。私にとって、実家の小さなおくどさんで祖母が炊いたご飯は、今でも忘れられない味なのです。
おくどさんで炊いたご飯は格別でした。一口食べると、一粒一粒が外側はしっかり、内はふっくらした食感で、甘みと旨味が噛むごとに口に広がるのです。私はおこげも好きで、醤油を少したらした、香ばしいおこげのご飯も大好きでした。
祖母はずっと昔に亡くなり、今では実家も再開発で取り壊され、おくどさんもありませんが、おくどさんと聞くと、おくどさんでご飯を炊いていた祖母と美味しいご飯やおこげのご飯を思い出すのです。
<なぜ京都でかまどは『おくどさん』と呼ばれるのか?>
ところで、かまどのことを京都ではなぜ「おくどさん」というのでしょうか? 滋賀県の母方の祖母は、かまどを「へっついさん」と呼んでいたことも覚えています。
そこで愛用している『京ことば辞典』で調べてみました。おくどさんは下記のように、説明されていました。
【おくどさん】
かまどの略称。かまどの神様。かまど信仰にもとづく。オクドサンはクド(かまど)に、最高尊敬語のオとサンをつけたものにもとづく。それはクドには、荒神サンが宿るとの民間信仰による。クドは火処(ほど)の意。
そう言えば、「おくどさんは神さんがいてはる神聖な場所、お尻を向けたらあかん」と祖母に言われたことを思い出しました。
<なぜ、おくどさんのご飯は美味しい?>
しかし、おくどさんで炊くごはんが美味しいのはなぜでしょうか? おくどさんは、釜全体を炎が包みこみ、釜は均一な温度になります。そのため、お米の中心まで吸水することで甘みと旨みが引き出されるのです。
ご飯が炊きあがると祖母がそっとお釜のふたを開け、ふわっと家中に広がる美味しい香りを、今もかすかに覚えています。
薪が燃えるぱちぱちという音や、湯気の向こうに見え隠れする祖母の顔。まだ小さかった私は、目の前で特別な儀式が行われているような、不思議な気持ちでその様子を見ていたぼんやりした記憶もあるのです。
こうして炊き上がるのが、ツヤツヤと輝き、甘みと旨みが詰まり、適度な粘り気やふんわりとした食感を持つごはんです。
おくどさんのご飯は、炊飯器では真似できない香ばしさと甘みや旨みが引き出され、家庭に豊かな味わいをもたらしていました。
<おくどさんでご飯を炊くのは手間がかかる>
あなたは、この歌をご存知ですか?
【はじめちょろちょろ中ぱっぱ、じゅうじゅう吹いたら火をひいて、赤子泣いてもふた取るな、そこへばば様とんできて、わらしべ一束くべまして、それで蒸らして出来あがり】
炊飯器のコマーシャルで聞かれたことがあるかも知れませんね。この歌はかまどでごはんを炊くときの手順や火加減を表しています。
この歌の通り、おくどさんでご飯を炊くのは、手順や火加減をみないといけないので、たいへんなのです。
祖母もご飯をたいている間は、おくどさんのそばにいて、焦がさないように、お釜の様子や火加減を注意してみていたように記憶しています。
その手間がかかるからこそ、おくどさんは美味しいご飯を生み出していました。しかし、やがてその姿は家庭から消えていったのです。
<便利さの中で受け継がれるおくどさんの知恵>
おくどさんのように、昔の文化には不便さも含まれていますが、だからこそ得られる豊かさもあります。
たとえば、おくどさんで炊いたご飯が格別に美味しいので、おくどさんでご飯を炊いているところをガラス張りで見えるようにするなどして、「おくどさんで炊いたご飯を提供しています」ということをセールスポイントにしている料理店も見かけます。
今や、家庭用炊飯器の多くが「おくどさんの炊き方」を再現するように作られています。便利さの中に、昔ながらの知恵が生き続けているのです。
現代の炊飯器にも受け継がれている「おくどさんの知恵」を味わうとき、私たちは昔の生活の豊かさにも思いを馳せることができるのかもしれません。
皆さんの生活には、どんな昔の知恵が息づいているでしょうか?
<京都人に受け継がれる食の知恵>
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