掌編小説:僕は爪~目立たないところでいい音を出す~

 

 

  

ライブが終わった。僕は爪。目立たないけれど、音楽を影から支える小さな相棒だ。僕はオジサンとずっと一緒に旅を続けて来た。だからオジサンのライブの後はいつも、みんなが拍手を止めないことを知っているんだ。

 

今日も拍手が鳴り止まず、ギタリストのオジサンは、ちょっとはにかんだ表情でお辞儀をして、アンコール曲を演奏したよ。オジサンは街の小さなバーや個人のお家でギターを演奏しているんだ。

 

オジサンのライブにやって来る人は、仕事帰りのサラリーマン、家事を早めに片付けて駆けつけたお母さん、同僚に言い訳しながら仕事を定時で抜けてきたOLのおねえさん、みんなオジサンのギター演奏を聴くのを楽しみにしているんだ。

 

ライブが始まると、オジサンが僕を使って、クリアで輪郭のある音を出す。指だけで弾くのと、僕を使って弾くのでは音の出方が変わるんだ。僕を使うと、弦がしっかりと弾かれるから、音量が大きくなり、はっきりとした音が出る。僕の形や硬さによって音質も変わり、僕を整えることで澄んだ音や柔らかい音が調整できるんだ。

 

僕は、弾き始めの力強さを加えることができるよ。これで、演奏に強弱が出やすくなり、感情豊かな演奏ができるんだ。

 

僕で弦を弾くと、よりスピード感のあるプレイができる。例えば、複数の弦を素早く鳴らす技術や同じ弦を高速で繰り返し弾く技術を僕で行うと、滑らかで速い演奏ができるようになるんだよ。

 

みんなオジサンが奏でた音を一音も聞き逃さないように、演奏に聞き入っている。曲の最後の一音が終わった後も、音は壁や床や天井に反射して響くんだ。みんなその響きを「いつまでも聞いていたい」という顔をして、息をひそめている。響きが止まると、みんなが一斉にフーと息をする。不思議な一体感が生まれるんだ。

 

オジサンは、みんなの息遣いが聞こえ、壁や床に反射した響きが聞こえることが、小さな会場で演奏する醍醐味だっていつも言っているよ。

 

オジサンは曲の間に、面白いお話をしてみんなを笑わせるんだ。オジサンの話に大笑いしていた人たちには、演奏が進むと、不思議なことが起こるんだ。オジサンの演奏に身体を揺らせ、聞き惚れながら、涙を流す人がたくさんいるんだ。

 

でも、その人はちっとも悲しそうじゃないんだ。ライブ会場に入って来た時は、どこか浮かない顔をしていた人たちは、涙を流しながら、目をキラキラさせて、明るい顔になっていくんだ。その人の心を押し込めていた蓋がポーンと外れるかのように。

 

そんな時、僕はとっても誇らしい気持ちになるよ。オジサンの澄んだギターの音色が、聞く人の心に溜まった重苦しいものを、洗い流すからなんだ。温かいギターの音色が、固く縮こまっていた人の心を解き放つんだ。

 

それに、目立たないけれど、オジサンの演奏にとって、僕はなくてはならない存在なんだ。オジサンは、僕を使って、音の強弱やスピード、音質をコントロールするんだよ。でも、僕は、オジサンにとって単なる「道具」ではない。オジサンの音楽表現を大きく左右する「パートナー」なんだ。

 

僕は簡単に割れたり欠けたりして、オジサンのギターの音色を損なわないように、身体を頑丈に鍛えているんだ。それに、オジサンは僕のことをとても大切に思ってくれているんだよ。僕が乾燥して割れたりしないように、クリームや爪磨きでケアして、割れにくい形に切り揃えてくれる。

 

でもね、オジサンのギターの音色に聞き惚れる人はたくさんいても、僕がこんなに頑張っていることを知ってる人はあまりいないんだ。でもいいんだ、僕がいなければオジサンの深いギターの音色が、出ないことを、誰よりもオジサンが知ってくれている。

 

僕は目立たないところでいい音を出す。それでいいんだ。僕はオジサンがギター演奏をする相棒になって、オジサンが奏でたいと思う深い音出せたらうれしい。

 

オジサンのギターの音色は、疲れた人たちの心を癒すんだ。みんなを喜ばせて元気にするんだ。僕はそんな姿をみると、たまらなくうれしくて、誇らしくなるんだ。

 

僕はオジサンの相棒として、これからも旅をつづけるよ。いろんなところで、オジサンの深いギターの音色が、しんどい人の心を元気にして、重苦しいものを洗い流す相棒として頑張るよ。

 

僕は爪、目立たないところでいい音を出す。僕はこれからもギターで人の心を癒すオジサンのなくてはならない相棒なんだ。それでいいんだ。

 

<完>

 

 

京都在住セラピスト作家:村川久夢(むらかわくむ)

 

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