【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その84「恋のかな文字」

1ヶ月ぶりの稽古で佐伯は久しぶりに薫の書を見た。黙々と一心に練習したことがうかがえた。得意の楷書も、苦手だった行書も、馴染みがなく戸惑いが隠せなかった草書も、書き込んで、すっかりこなれたものになっていた。

   

「いろは」47文字も相当に書き込んだようで、上手に整った形に書いていた。努力の跡がありありと見えた。

  

「薫さん、書き込んで、楷書も行書も草書も自分のものにしたね。かなも、字の形をとても上手に取って、整った形に書いている。一人でよく頑張った」

  

「小筆に慣れるのが大変でした。どうしても単調になってしまって」

  

「かなは、直線と曲線の組み合わせで出来ていて、左右非対称な字が多い。書道関係者の中でも、漢字よりも難しいと思っている人は多いんだよ。私もその一人だ。緩やかな曲線が上手く書けない。筆の太さの調節が難しい。字に繊細さが無い。男らしい大ざっぱな字になってしまう。かなが苦手だと感じる生徒からよく聞く悩みだ」

  

「はい、その通りです」

 

「書線の緩急や抑揚と言った筆遣いも大切だけれど、実は秘策があるんだ!」

 

「え!秘策!教えて下さい!」

 

「いいかい、薫さんが思う平安時代の女性、例えば、紫式部を想像しながらかなを書いてみるんだ。左手に巻紙を、右手に筆を持ってサラサラっとかなを書いている平安朝の女性になりきってみるんだよ」

  

「え?紫式部ですか?」

  

「ああ、そうだ。書くモチベーションをあげることで、全身に入っている力を緩めて、筆の動きを軽やかにするんだ。薫さんは少し力を緩めるくらいがいいよ」

  

「イメージトレーニングですね」

  

「美しい字を書こうと思ったら、形も大切だけど、字に自分の思いや情景をどれだけ乗せられるかがもっと大切なんだ」

  

「はい、紫式部になりきってみます」

   

薫は、髪をおすべらかしに結って、平安朝の着物を着た自分をイメージしてみた。髪をおすべらかしにして、平安朝の衣装をまとった薫が書いていたのは、「全日本芸術展」に向けて寝食を忘れ制作に取り組んだ佐伯への恋しさをしたためた恋文だったのだ。

  

「薫さんにはイメージトレーニングが効果的だね。『いろは』47文字全体がぐっと良くなった。抑揚があって、情感が出たね」

  

何も知らない佐伯が言った。

  

「1ヶ月間、君たちの厚意に甘え、『全日本芸術展』に集中させてもらった。私は作品を提出したが、君たちはこれから検定作品の提出だ。あまり日もない。教室で習ったことをしっかり頭に入れて、各自、自分でも練習して欲しい」

   

稽古の最後に佐伯が言った。

   

「はい、先生!」

   

久しぶりの書道教室で手応えを感じた生徒たちは熱気にあふれていた。

   

薫は、一人で練習を重ねた一ヶ月間を思った。一人で初段の検定課題に取り組んだ。教室で佐伯から学んだことや自分の気づきをまとめたノートを見て、毎日、書に向かった。

  

上手く書けない時、疑問にぶつかった時、上手に書けた時、佐伯に直接習えないもどかしさに耐えた。「全日本芸術展」に向けて鍛錬する佐伯を励みに、薫も書の練習に励んだ。

  

しかし、ひたすら佐伯に会いたかった。佐伯が恋しかった。

  

薫は、初段検定への意気込みと、久しぶりに会った佐伯を恋しく思う気持ちの狭間で揺れていたのだった。

  

つづく

<薫~書の道・愛の道~目次>


「墨の香り」『薫~書の道・愛の道~』その1

「衝動」『薫~書の道・愛の道~』その2

「月光」『薫~書の道・愛の道~』その3

「脱皮」『薫~書の道・愛の道~』その4

「気づき」『薫~書の道・愛の道~』その5

「衝撃」『薫~書の道・愛の道~』その6

「オアシス」『薫~書の道・愛の道~』その7

「疑念」『薫~書の道・愛の道~』その8

「書道講習会」『薫~書の道・愛の道~』その9~

「イルミネーション」『薫~書の道・愛の道~』その10

「カナリーイエローのマフラー」『薫~書の道・愛の道~』その11

「タロット:塔」『薫~書の道・愛の道~』~その12~

「遠い存在」『薫~書の道・愛の道~』その13~

「大掃除」『薫~書の道・愛の道~』その14~

「贈り物」『薫~書の道・愛の道』~その15~

「書き初め」『薫~書の道・愛の道~』その16

「翡翠色の振り袖」『薫~書の道・愛の道~』その17

「若い二人」『薫~書の道・愛の道~』その18

「壁を越えて」『薫~書の道・愛の道~』その19

「プライド」『薫~書の道・愛の道~』その20

「火祭り」『薫~書の道・愛の道~』その21

「濃紺のネックウォーマー」『薫~書の道・愛の道~』その22

「嵐の前の静けさ」『薫~書の道・愛の道~』その23

「闘いの序章」『薫~書の道・愛の道~』その24

「円相(えんそう)」『薫~書の道・愛の道~』その25

「ライバル」『薫~書の道・愛の道~』その26

「殻を脱ぎ捨てて」『薫~書の道・愛の道~』その27

「敷かれたレール」『薫~書の道・愛の道~』その28

「『塔』のメッセージ」『薫~書の道・愛の道~』その29

「江碧鳥逾白」『薫~書の道・愛の道~』その30

「岐路」『薫~書の道・愛の道~』その31

「行動開始」『薫~書の道・愛の道~』その32

「存在感」『薫~書の道・愛の道~』その33

「生徒募集中」『薫~書の道・愛の道~』その34

「最初の日」『薫~書の道・愛の道~』その35

「復帰」『薫~書の道・愛の道~』その36

「理解者」『薫~書の道・愛の道~』その37

「体験授業」『薫~書の道・愛の道~』その38

「春の兆し」『薫~書の道・愛の道~』その39

「揺れる想い」『薫~書の道・愛の道~』その40

「信じる道」『薫~書の道・愛の道~』その41

「夢を伝える人」『薫~書の道・愛の道~』その42

「変わり目」『薫~書の道・愛の道~』その43

「大切な人」『薫~書の道・愛の道~』その44

「抱擁」『薫~書の道・愛の道~』その45

「花吹雪」『薫~書の道・愛の道~』その46

「ナビゲーター」『薫~書の道・愛の道~』その47

「書きたい」『薫~書の道・愛の道~』その48

「克服」『薫~書の道・愛の道~』その49

「変貌」『薫~書の道・愛の道~』その50

「会いたい!」『薫~書の道・愛の道~』その51

「同じ境地」『薫~書の道・愛の道~』その52

「目標達成」『薫~書の道・愛の道~』その53

「作戦会議」『薫~書の道・愛の道~』その54

「腕枕」『薫~書の道・愛の道~』その55

「約束」『薫~書の道・愛の道~』その56

「逞しくなった!」『薫~書の道・愛の道~』その57

「一日書道教室」『薫~書の道・愛の道~』その58

「それぞれの道」『薫~書の道・愛の道~』その59

「焦り」『薫~書の道・愛の道~』その60

「発展途上」『薫~書の道・愛の道~』その61

「夢」『薫~書の道・愛の道~』その62

「約束」『薫~書の道・愛の道~』その63

「自分の力で」『薫~書の道・愛の道~』その64

「万葉植物園」『薫~書の道・愛の道~』その65

「書の鑑賞」『薫~書の道・愛の道~』その66

「小野道風の蛙」『薫~書の道・愛の道~』その67

「出会い」『薫~書の道・愛の道~』その68

「三体千字文」『薫~書の道・愛の道~』その69

「八雲蒼風先生」『薫~書の道・愛の道~』その70

「佐伯の母」『薫~書の道・愛の道~』その71

「喜び」『薫~書の道・愛の道~』その72

「夏が来た!」『薫~書の道・愛の道~』その73

「屏風祭」『薫~書の道・愛の道~』その74

「半双の屏風」『薫~書の道・愛の道~』その75

「送り火」『薫~書の道・愛の道~』その76

「古都の筆」『薫~書の道・愛の道~』その77

「追い込み」『薫~書の道・愛の道~』その78

「みんなの応援」『薫~書の道・愛の道~』その79

「お互いの姿」『薫~書の道・愛の道~』その80

「人生の質」『薫~書の道・愛の道~』その81

「応募作品搬入」『薫~書の道・愛の道~』その82

「それぞれの目標」『薫~書の道・愛の道~』その83

「恋のかな文字」『薫~書の道・愛の道~』その84

「あふれる思い」『薫~書の道・愛の道~』その85

 

作家:村川久夢

 

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