【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その82「応募作品搬入」

佐伯は熟睡した。目が覚めるとあたりは薄暗く、夕方になっていた。快い深い眠りだった。爽快で頭がスッキリと冴えて、創作意欲があふれ出た。

   

顔を洗い、教室で制作の準備をした。湧き水で墨を擦った。墨の香りは創作の世界へ佐伯を誘った。筆を取り、制作を開始した。

   

書線の曲部分と直部分、細い部分と太い部分、ゆっくり書いた部分と速く書いた部分、墨が潤っている部分とかすれている部分、墨色のでかた、にじみ、作品は一枚一枚違った表情を見せ、同じものは一つもなかった。書いた作品は一枚一枚写真に撮り、写真の力を借りて客観視した。一枚一枚が真剣勝負だった。

   

気がつくと、また深夜になっていた。今朝、薫に「ちゃんと食べて、ちゃんと眠る」と約束したばかりだったと気づいて、苦笑した。今朝、薫と朝食を食べてから何も食べていなかった。

   

キッチンに移動すると、生徒たちが差し入れてくれた食べ物を温めて、昼食兼夕食を取った。お腹がふくれると、庭に出て空を見た。澄んだ秋空に月が美しく輝いていた。食べ物をお腹に入れて、美しい月を眺めると、また意欲が湧いた。

   

教室に戻ると、佐伯は墨を擦り、筆を取った。みんなの書に書ける夢が、薫の夢が、佐伯自身の夢が、佐伯の胸を駆け巡った。しかし、緊張も気負いもなかった。一枚一枚を大切に書いた。「全日本芸術展」まで一週間だった。

  

「全日本芸術展」は、第一回から百年以上の歴史を持つ芸術展である。日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の五部門にわたり、全国各地から応募された作品から入選者の作品約三千点が一堂に会し、幅広いジャンルの現代の芸術作品が展示される芸術展である。

    

全日本芸術展は、毎年十月に作品公募が行われる。昨年の全日本芸術展の応募点数は一万点を越え、そのうち入選は約二千点だった。入選作品は3週間にわたって新日本美術館で展示される。「全日本芸術展」では、現代を生きる最高レベルの作家の新作が一堂に会し、熱気あふれる会場からは日本の美の「今」が感じられるのだった。

   

佐伯は「全日本芸術展」に出品する作品「夢」を搬入する日の明け方まで制作していた。模索した期間に書いた作品「夢」は、二千枚以上あった。模索した日々を思いながら、時間をかけて候補作を絞り込んだ。

  

作品「夢」は少しずつ少しずつ変化していた。一枚一枚作品を眺めると、薫の姿が、書に自分の夢を託す人たちの姿が浮かんだ。そして、殻を破って成長しようとしている自分自身の夢が、書作品「夢」に重なった。

  

長い時間をかけたが、結局、最後に書いた渾身の一枚を出品することに決めたのだった。

  

薫は、佐伯が朝一番の新幹線で新日本美術館のある都市に行き、応募作品を搬入することを知っていた。

  

搬入の日、薫もまた明け方まで初段の検定課題に取り組んでいた。自分が一心に書に向かうことが、佐伯の応援になると信じた。

  

初段の検定課題の練習を終えると、薫は顔を洗い、身なりを整え、駅に向かった。駅の中央改札で佐伯の姿を探した。

  

まもなく作品「夢」を持った佐伯が現れた。

  

「おお!薫さん!見送りに来てくれたのかい?」

  

「はい、先生。徹夜されたんですね」

  

「わかるかい?そういう薫さんも徹夜した顔をしているね」

  

「はい。眠れなくて。明け方まで初段の検定課題を練習していました」

  

「そうか!何よりの応援の言葉だ!作品『夢』を搬入して来るよ」

  

「お気をつけて。行ってらっしゃい、先生」

  

-戦場に送られる兵士はこんな気分なのだろうか?なんとしてもこの闘いに勝利したい!-

  

と佐伯は思ったのだった。

 つづく

 

<薫~書の道・愛の道~目次>


「墨の香り」『薫~書の道・愛の道~』その1

「衝動」『薫~書の道・愛の道~』その2

「月光」『薫~書の道・愛の道~』その3

「脱皮」『薫~書の道・愛の道~』その4

「気づき」『薫~書の道・愛の道~』その5

「衝撃」『薫~書の道・愛の道~』その6

「オアシス」『薫~書の道・愛の道~』その7

「疑念」『薫~書の道・愛の道~』その8

「書道講習会」『薫~書の道・愛の道~』その9~

「イルミネーション」『薫~書の道・愛の道~』その10

「カナリーイエローのマフラー」『薫~書の道・愛の道~』その11

「タロット:塔」『薫~書の道・愛の道~』~その12~

「遠い存在」『薫~書の道・愛の道~』その13~

「大掃除」『薫~書の道・愛の道~』その14~

「贈り物」『薫~書の道・愛の道』~その15~

「書き初め」『薫~書の道・愛の道~』その16

「翡翠色の振り袖」『薫~書の道・愛の道~』その17

「若い二人」『薫~書の道・愛の道~』その18

「壁を越えて」『薫~書の道・愛の道~』その19

「プライド」『薫~書の道・愛の道~』その20

「火祭り」『薫~書の道・愛の道~』その21

「濃紺のネックウォーマー」『薫~書の道・愛の道~』その22

「嵐の前の静けさ」『薫~書の道・愛の道~』その23

「闘いの序章」『薫~書の道・愛の道~』その24

「円相(えんそう)」『薫~書の道・愛の道~』その25

「ライバル」『薫~書の道・愛の道~』その26

「殻を脱ぎ捨てて」『薫~書の道・愛の道~』その27

「敷かれたレール」『薫~書の道・愛の道~』その28

「『塔』のメッセージ」『薫~書の道・愛の道~』その29

「江碧鳥逾白」『薫~書の道・愛の道~』その30

「岐路」『薫~書の道・愛の道~』その31

「行動開始」『薫~書の道・愛の道~』その32

「存在感」『薫~書の道・愛の道~』その33

「生徒募集中」『薫~書の道・愛の道~』その34

「最初の日」『薫~書の道・愛の道~』その35

「復帰」『薫~書の道・愛の道~』その36

「理解者」『薫~書の道・愛の道~』その37

「体験授業」『薫~書の道・愛の道~』その38

「春の兆し」『薫~書の道・愛の道~』その39

「揺れる想い」『薫~書の道・愛の道~』その40

「信じる道」『薫~書の道・愛の道~』その41

「夢を伝える人」『薫~書の道・愛の道~』その42

「変わり目」『薫~書の道・愛の道~』その43

「大切な人」『薫~書の道・愛の道~』その44

「抱擁」『薫~書の道・愛の道~』その45

「花吹雪」『薫~書の道・愛の道~』その46

「ナビゲーター」『薫~書の道・愛の道~』その47

「書きたい」『薫~書の道・愛の道~』その48

「克服」『薫~書の道・愛の道~』その49

「変貌」『薫~書の道・愛の道~』その50

「会いたい!」『薫~書の道・愛の道~』その51

「同じ境地」『薫~書の道・愛の道~』その52

「目標達成」『薫~書の道・愛の道~』その53

「作戦会議」『薫~書の道・愛の道~』その54

「腕枕」『薫~書の道・愛の道~』その55

「約束」『薫~書の道・愛の道~』その56

「逞しくなった!」『薫~書の道・愛の道~』その57

「一日書道教室」『薫~書の道・愛の道~』その58

「それぞれの道」『薫~書の道・愛の道~』その59

「焦り」『薫~書の道・愛の道~』その60

「発展途上」『薫~書の道・愛の道~』その61

「夢」『薫~書の道・愛の道~』その62

「約束」『薫~書の道・愛の道~』その63

「自分の力で」『薫~書の道・愛の道~』その64

「万葉植物園」『薫~書の道・愛の道~』その65

「書の鑑賞」『薫~書の道・愛の道~』その66

「小野道風の蛙」『薫~書の道・愛の道~』その67

「出会い」『薫~書の道・愛の道~』その68

「三体千字文」『薫~書の道・愛の道~』その69

「八雲蒼風先生」『薫~書の道・愛の道~』その70

「佐伯の母」『薫~書の道・愛の道~』その71

「喜び」『薫~書の道・愛の道~』その72

「夏が来た!」『薫~書の道・愛の道~』その73

「屏風祭」『薫~書の道・愛の道~』その74

「半双の屏風」『薫~書の道・愛の道~』その75

「送り火」『薫~書の道・愛の道~』その76

「古都の筆」『薫~書の道・愛の道~』その77

「追い込み」『薫~書の道・愛の道~』その78

「みんなの応援」『薫~書の道・愛の道~』その79

「お互いの姿」『薫~書の道・愛の道~』その80

「人生の質」『薫~書の道・愛の道~』その81

「応募作品搬入」『薫~書の道・愛の道~』その82

「それぞれの目標」『薫~書の道・愛の道~』その83

作家:村川久夢

  

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