【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その81「人生の質」

薫の作った朝食を食べ、佐伯はひと時の心安らぐ時間を過ごした。

   

「先生、どんなに制作に集中していても、お願いです、食事はちゃんと取って下さいね。しばらく会わない間に、先生は酷く痩せてしまわれましたよ」

   

薫は哀願するように言った。やつれた佐伯の様子からも、薫たちが前に差し入れた食品が手つかずなことからも、佐伯がろくに食べていないことは明白だったのだ。

    

「心配かけてすまない。食事をする時間も惜しいと感じてしまうんだよ。作品『夢』を書くことに集中していたくてね」

   

「そうなんですね。先生、それに目の下にくまが出来ていますよ。眠っておられないんじゃないですか?」

   

「・・・」

   

「先生、お願いです、ちゃんと食べて、ちゃんと眠って下さい」

   

「そうだね。作品『夢』の制作には、緊張感を持って真剣に取り組んでいる。大変なんだ。しかし、同時に書けば書くほど、創意工夫したくなる。面白くて、楽しいんだ。食べる時間や寝る時間が惜しいと感じるほど」

  

「先生!」

  

「大丈夫だよ。ちゃんと食べて、ちゃんと眠るよ。薫さんが作った朝ごはんを食べたら、力が出たよ。『疲労困憊した状態では、いい作品は書けない!』と実感した。この後、少し眠るよ。体調を整えて、制作する。約束するよ」

  

いつか師匠八雲蒼風が、ストイックで生真面目すぎる佐伯に「休息の時間やより穏やかな環境が人生の質を高めてくれるんだよ」と言ったことを佐伯は思い出した。

  

初夏のある日、神社に湧き水を汲みに行った時、

   

-光の美しさを実感せずに存在感のある『光』と言う字が書けるだろうか。風の快さを体感せずに爽やかな『風』と言う字を書けるだろうか-

-書いて練習する時間は大切だ。しかし、それだけでは不十分だ。楽しさや喜びを実感することが絶対に必要なんだ-

  

と感じたことも思い出した。佐伯は作品制作に夢中になるあまり、視野が狭くなり、心の余裕を失っていたことに気づいたのだった。

  

「薫さん、ありがとう。僕は制作に夢中になるあまり、視野が狭くなり、心の余裕を失っていたことに気づけたよ。薫さんのおかげだ」

   

「朝ごはん作って良かったです」薫が嬉しそうに言った。

   

「薫さん、ちゃんと食べて、ちゃんと眠って、作品を制作するよ。約束する。心配をかけて置いて、こんなことを言うのはどうかと思うが、薫さんには、初段検定課題をしっかり練習して欲しいんだ。薫さんが初段の検定課題に一生懸命に取り組むことが、僕への何よりのお応援なんだ」

  

「はい、先生」

  

「僕が作品『夢』で一番描きたい夢は、人生に目標を持てなかった薫さんが、書に出会い、劣等感を克服し、心を解放して掴んだ夢だ。その最初の具体的な夢が、初段に合格して、指導者資格を取ることだ」

  

「ありがとうございます。はい、私の夢です」

    

「今は『全日本芸術展』の関係で直接指導できない。7月に一級の検定作品を提出して以来、初段のことを念頭に置いて稽古を重ねて来た。そのことを一つ一つ思い出して、練習して欲しい。薫さんが夢を現実のものにして行くのが、私の夢なんだ。覚えて置いて欲しい」

  

「はい!一生懸命に練習します」

  

薫が帰って行くと、佐伯は私室で布団を敷いて、横になった。睡眠不足や疲労も重なっていることを痛感した。

  

久しぶりに心のこもった美味しい食事にありついた。そして、薫の言葉や薫の作った食事で、「休息の時間やより穏やかな環境が人生の質を高めてくれるんだ」と言う大切なことに気づくことができた。

  

佐伯は安心感を得て、ぐっすり眠ることが出来たのだった。この穏やかな休息が佐伯の作品の質を高めることに繋がるのだった。

  

<薫~書の道・愛の道~目次>


「墨の香り」『薫~書の道・愛の道~』その1

「衝動」『薫~書の道・愛の道~』その2

「月光」『薫~書の道・愛の道~』その3

「脱皮」『薫~書の道・愛の道~』その4

「気づき」『薫~書の道・愛の道~』その5

「衝撃」『薫~書の道・愛の道~』その6

「オアシス」『薫~書の道・愛の道~』その7

「疑念」『薫~書の道・愛の道~』その8

「書道講習会」『薫~書の道・愛の道~』その9~

「イルミネーション」『薫~書の道・愛の道~』その10

「カナリーイエローのマフラー」『薫~書の道・愛の道~』その11

「タロット:塔」『薫~書の道・愛の道~』~その12~

「遠い存在」『薫~書の道・愛の道~』その13~

「大掃除」『薫~書の道・愛の道~』その14~

「贈り物」『薫~書の道・愛の道』~その15~

「書き初め」『薫~書の道・愛の道~』その16

「翡翠色の振り袖」『薫~書の道・愛の道~』その17

「若い二人」『薫~書の道・愛の道~』その18

「壁を越えて」『薫~書の道・愛の道~』その19

「プライド」『薫~書の道・愛の道~』その20

「火祭り」『薫~書の道・愛の道~』その21

「濃紺のネックウォーマー」『薫~書の道・愛の道~』その22

「嵐の前の静けさ」『薫~書の道・愛の道~』その23

「闘いの序章」『薫~書の道・愛の道~』その24

「円相(えんそう)」『薫~書の道・愛の道~』その25

「ライバル」『薫~書の道・愛の道~』その26

「殻を脱ぎ捨てて」『薫~書の道・愛の道~』その27

「敷かれたレール」『薫~書の道・愛の道~』その28

「『塔』のメッセージ」『薫~書の道・愛の道~』その29

「江碧鳥逾白」『薫~書の道・愛の道~』その30

「岐路」『薫~書の道・愛の道~』その31

「行動開始」『薫~書の道・愛の道~』その32

「存在感」『薫~書の道・愛の道~』その33

「生徒募集中」『薫~書の道・愛の道~』その34

「最初の日」『薫~書の道・愛の道~』その35

「復帰」『薫~書の道・愛の道~』その36

「理解者」『薫~書の道・愛の道~』その37

「体験授業」『薫~書の道・愛の道~』その38

「春の兆し」『薫~書の道・愛の道~』その39

「揺れる想い」『薫~書の道・愛の道~』その40

「信じる道」『薫~書の道・愛の道~』その41

「夢を伝える人」『薫~書の道・愛の道~』その42

「変わり目」『薫~書の道・愛の道~』その43

「大切な人」『薫~書の道・愛の道~』その44

「抱擁」『薫~書の道・愛の道~』その45

「花吹雪」『薫~書の道・愛の道~』その46

「ナビゲーター」『薫~書の道・愛の道~』その47

「書きたい」『薫~書の道・愛の道~』その48

「克服」『薫~書の道・愛の道~』その49

「変貌」『薫~書の道・愛の道~』その50

「会いたい!」『薫~書の道・愛の道~』その51

「同じ境地」『薫~書の道・愛の道~』その52

「目標達成」『薫~書の道・愛の道~』その53

「作戦会議」『薫~書の道・愛の道~』その54

「腕枕」『薫~書の道・愛の道~』その55

「約束」『薫~書の道・愛の道~』その56

「逞しくなった!」『薫~書の道・愛の道~』その57

「一日書道教室」『薫~書の道・愛の道~』その58

「それぞれの道」『薫~書の道・愛の道~』その59

「焦り」『薫~書の道・愛の道~』その60

「発展途上」『薫~書の道・愛の道~』その61

「夢」『薫~書の道・愛の道~』その62

「約束」『薫~書の道・愛の道~』その63

「自分の力で」『薫~書の道・愛の道~』その64

「万葉植物園」『薫~書の道・愛の道~』その65

「書の鑑賞」『薫~書の道・愛の道~』その66

「小野道風の蛙」『薫~書の道・愛の道~』その67

「出会い」『薫~書の道・愛の道~』その68

「三体千字文」『薫~書の道・愛の道~』その69

「八雲蒼風先生」『薫~書の道・愛の道~』その70

「佐伯の母」『薫~書の道・愛の道~』その71

「喜び」『薫~書の道・愛の道~』その72

「夏が来た!」『薫~書の道・愛の道~』その73

「屏風祭」『薫~書の道・愛の道~』その74

「半双の屏風」『薫~書の道・愛の道~』その75

「送り火」『薫~書の道・愛の道~』その76

「古都の筆」『薫~書の道・愛の道~』その77

「追い込み」『薫~書の道・愛の道~』その78

「みんなの応援」『薫~書の道・愛の道~』その79

「お互いの姿」『薫~書の道・愛の道~』その80

「人生の質」『薫~書の道・愛の道~』その81

「応募作品搬入」『薫~書の道・愛の道~』その82

 

作家:村川久夢

  

 

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