【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その80「お互いの姿」

薫は書道教室から家に帰ると、1級合格祝いとして佐伯にもらった筆を出した。かなを書くのに適した小筆だ。

 

「自分の殻を破って、広い世界で自分を試してみるよ!作品の締め切りまで1ヶ月を切った。薫さんは初段、僕は『全日本芸術展』をめざして、お互いに頑張ろう」

 

と佐伯が言ったことが思い出された。

 

佐伯は、薫が1級の検定課題を提出した時、薫の1級合格を確信していたのか、すぐにかなの基本練習を始めた。初段の検定課題にはかなが加わるのだ。

 

「まず小筆で縦線と横線を書いて。遠くの方からすっ~と筆を入れて 線を引き、力を入れずに軽く紙から離すんだ」

 

佐伯は小筆を取ると、縦線と横線を書いて見せ、薫はそれに習った。

 

「次はZとVの字を連続して書く練習だ。Zの連続書きは、上から下にジグザグに書き、

 

Vの連続書きは、左から右にジグザグに書く」

 

佐伯は実際にジグザグを書いて教え、薫もジグザグを書いた。

 

「その次は、左右の螺旋を書く練習だよ。線が太くなったり細くなったりしないように、なるべく同じ太さの線になるように書くんだ」

 

今までは名前を書く時に使うだけだった小筆に慣れるのに薫は必死だった。

   

「かなはサラサラッと書いたように見えるので、速く書くと思われがちだが、実際はすべて速く書くのではないんだ。運筆の速度に注意が必要なんだ。例えば、曲線はゆっくりと書き、直線は速く、そして折れでは、しっかりと止まる。ゆっくり書いたり、速く書いたり、筆を止めたりしながら書くんだ。速度を意識することが、綺麗な線を書くポイントなんだ」

 

佐伯は小筆で曲線や直線を書いて見せながら言った。

 

「初段のかな課題は『いろは』47文字だ。基本練習を終えたら、『いろは』の練習だ」

  

その時、薫の1級合否はわからなかったが、佐伯は「いろは」47文字の練習を始めたのだった。楷書、行書、草書、そして、かな、初段の検定課題は盛りだくさんだった。薫が1級に合格して、本格的に初段の課題を練習するようになった。

  

薫は初段の検定試験に向けて佐伯にもらった筆を取ると、佐伯と一緒に目標に向かって進んでいるような、闘っているような気持ちになったのだった。

  

その頃、佐伯も目標に向かって懸命に進んでいた。闘っていた。『全日本芸術展』の作品提出日が迫った。

  

生徒たちの厚意に甘えさせてもらったが、佐伯は初段検定を控えている薫のことが気にかかっていた。作品「夢」を書く時、無意識の内に薫が浮かんだ。

  

書に出会い、心を解放して、夢を掴んだ薫が浮かぶのだ。そして、薫に出会ったことで、過去の殻を破り新しい世界に出たこと、書に夢を託す人たちに出会い、自らの夢を掴んだことを実感するのだった。

  

-薫はきっと一人でも書に向かっているだろう。頑張ろう!薫!僕も書に向かっているよ!-

  

「静夜思」製作中の薫と月を眺めたこと、二人で円相を描いたこと、八雲蒼風先生を訪れたこと、薫と故郷に帰省したこと等、数え切れない薫との思い出が佐伯の胸を駆け巡った。

  

佐伯は生徒たちの厚意に甘えて、作品制作に集中するようになった。雑務から解放されても、佐伯の制作は深夜に及び、徹夜することもしばしばだった。

   

深夜力尽きるように教室で横になり、数時間まどろむと、顔を洗い、身なりを整え、神社の湧き水を汲みに行った。水で墨の色やにじみが変わるからだ。

  

佐伯が離れに戻ると、薫が袋を持って立っていた。

  

「先生、朝ごはんはちゃんと食べられましたか?」

  

「いや、まだだよ」

  

「簡単に食べられるようにと冷凍食品やレトルト食品を差し入れしましたが、好きなものを食べた方が、元気が出るだろうと思って、作って来ました」

  

「ほう!今日は何を食べさせてくれるのかな?」

  

「パンよりご飯の方が、元気が出ると思って、かつお梅のおにぎり、先生のお母様のように上手に作れないですが、水煮のぜんまいを買って、ぜんまいと揚げの煮物も作ってみました」

 

「だし巻き卵とたこウインナーはないのかい?」

  

「勿論、作って来ました。ほうれん草のお浸しも」

  

「ありがとう、薫さん。一緒に食べよう」

  

薫はぜんまいと揚げの煮物も上手に作っていた。

   

「薫さんは料理上手だね。僕は薫さんに心も胃袋も掴まれているようだ」

   

「え?」

  

「あ、いや~」

   

空腹に薫の心づくしの料理を食べて、つい本音をもらした佐伯は慌てた。

  

「薫さん、会わない日が続いても、薫さんが書に向かっていることは、手に取るようにわかるよ。感じるんだ」

  

「私も先生が書に向かわれている姿を感じます」

   

薫も佐伯も書の道を進むお互いの姿をハッキリ見ていたのだった。

   

 つづく

<薫~書の道・愛の道~目次>


「墨の香り」『薫~書の道・愛の道~』その1

「衝動」『薫~書の道・愛の道~』その2

「月光」『薫~書の道・愛の道~』その3

「脱皮」『薫~書の道・愛の道~』その4

「気づき」『薫~書の道・愛の道~』その5

「衝撃」『薫~書の道・愛の道~』その6

「オアシス」『薫~書の道・愛の道~』その7

「疑念」『薫~書の道・愛の道~』その8

「書道講習会」『薫~書の道・愛の道~』その9~

「イルミネーション」『薫~書の道・愛の道~』その10

「カナリーイエローのマフラー」『薫~書の道・愛の道~』その11

「タロット:塔」『薫~書の道・愛の道~』~その12~

「遠い存在」『薫~書の道・愛の道~』その13~

「大掃除」『薫~書の道・愛の道~』その14~

「贈り物」『薫~書の道・愛の道』~その15~

「書き初め」『薫~書の道・愛の道~』その16

「翡翠色の振り袖」『薫~書の道・愛の道~』その17

「若い二人」『薫~書の道・愛の道~』その18

「壁を越えて」『薫~書の道・愛の道~』その19

「プライド」『薫~書の道・愛の道~』その20

「火祭り」『薫~書の道・愛の道~』その21

「濃紺のネックウォーマー」『薫~書の道・愛の道~』その22

「嵐の前の静けさ」『薫~書の道・愛の道~』その23

「闘いの序章」『薫~書の道・愛の道~』その24

「円相(えんそう)」『薫~書の道・愛の道~』その25

「ライバル」『薫~書の道・愛の道~』その26

「殻を脱ぎ捨てて」『薫~書の道・愛の道~』その27

「敷かれたレール」『薫~書の道・愛の道~』その28

「『塔』のメッセージ」『薫~書の道・愛の道~』その29

「江碧鳥逾白」『薫~書の道・愛の道~』その30

「岐路」『薫~書の道・愛の道~』その31

「行動開始」『薫~書の道・愛の道~』その32

「存在感」『薫~書の道・愛の道~』その33

「生徒募集中」『薫~書の道・愛の道~』その34

「最初の日」『薫~書の道・愛の道~』その35

「復帰」『薫~書の道・愛の道~』その36

「理解者」『薫~書の道・愛の道~』その37

「体験授業」『薫~書の道・愛の道~』その38

「春の兆し」『薫~書の道・愛の道~』その39

「揺れる想い」『薫~書の道・愛の道~』その40

「信じる道」『薫~書の道・愛の道~』その41

「夢を伝える人」『薫~書の道・愛の道~』その42

「変わり目」『薫~書の道・愛の道~』その43

「大切な人」『薫~書の道・愛の道~』その44

「抱擁」『薫~書の道・愛の道~』その45

「花吹雪」『薫~書の道・愛の道~』その46

「ナビゲーター」『薫~書の道・愛の道~』その47

「書きたい」『薫~書の道・愛の道~』その48

「克服」『薫~書の道・愛の道~』その49

「変貌」『薫~書の道・愛の道~』その50

「会いたい!」『薫~書の道・愛の道~』その51

「同じ境地」『薫~書の道・愛の道~』その52

「目標達成」『薫~書の道・愛の道~』その53

「作戦会議」『薫~書の道・愛の道~』その54

「腕枕」『薫~書の道・愛の道~』その55

「約束」『薫~書の道・愛の道~』その56

「逞しくなった!」『薫~書の道・愛の道~』その57

「一日書道教室」『薫~書の道・愛の道~』その58

「それぞれの道」『薫~書の道・愛の道~』その59

「焦り」『薫~書の道・愛の道~』その60

「発展途上」『薫~書の道・愛の道~』その61

「夢」『薫~書の道・愛の道~』その62

「約束」『薫~書の道・愛の道~』その63

「自分の力で」『薫~書の道・愛の道~』その64

「万葉植物園」『薫~書の道・愛の道~』その65

「書の鑑賞」『薫~書の道・愛の道~』その66

「小野道風の蛙」『薫~書の道・愛の道~』その67

「出会い」『薫~書の道・愛の道~』その68

「三体千字文」『薫~書の道・愛の道~』その69

「八雲蒼風先生」『薫~書の道・愛の道~』その70

「佐伯の母」『薫~書の道・愛の道~』その71

「喜び」『薫~書の道・愛の道~』その72

「夏が来た!」『薫~書の道・愛の道~』その73

「屏風祭」『薫~書の道・愛の道~』その74

「半双の屏風」『薫~書の道・愛の道~』その75

「送り火」『薫~書の道・愛の道~』その76

「古都の筆」『薫~書の道・愛の道~』その77

「追い込み」『薫~書の道・愛の道~』その78

「みんなの応援」『薫~書の道・愛の道~』その79

「お互いの姿」『薫~書の道・愛の道~』その80

「人生の質」『薫~書の道・愛の道~』その81

 

  

作家:村川久夢

 

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