【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その50「変貌」

4月になると佐伯の書道教室には新しい生徒が増え、休会していた生徒もほぼ全員が復帰した。

 

薫は以前と変わらず一番に教室に行き、率先して準備をした。以前は、「初心者の薫が準備をするのが当然」と言う雰囲気があったが、今では早く来て、薫と一緒に準備をする者も増えた。

  

新しい生徒は、準備の仕方、後片づけなどを、いつも一番に教室に来ていて、話しかけやすそうな薫に尋ね、薫を頼りにするようになった。

  

佐伯は稽古時間の多くを新しい生徒に使ったが、教室全体への気配りも忘れず、上級者への指導も的確に行った。

  

新しい生徒は以前から在籍する上級者を尊重し、上級者も新しい生徒を温かい態度で見守った。教室は和やかで活気に溢れていた。

  

「薫、なんだか落ち着いて逞しくなったね」美緒が陽に言った。

「確かに、前はちょっとおどおどしていたけれど」陽も薫の変貌ぶりに気づいていた。

「それに腕を上げたわ。行書も上手になって来たし」と美緒がしみじみと言った。

 

陽は複雑な思いで薫を見つめていた。薫は落ち着いたし、確かに逞しくなった。以前は苦手だった行書も上達した。

   

しかし、それは、薫が真面目に書の練習に打ち込んだからだけではないことに、陽は気がついていた。薫は落ち着いただけでなく、しっとり綺麗になった。行書が得意だった貴子への劣等感を克服したであろうことも感じられた。

  

そして、薫の変貌には佐伯が切り離しがたく存在していることを感じずにはいられなかった。薫を変えたのは書道であり、薫を書道に導いたのは佐伯だった。

  

しかし、薫を落ち着かせ、逞しくし、しっとり綺麗にしたのは、書道教師佐伯ではなく、佐伯隆也という一人の男なのだと、陽は痛いほど感じたのだった。

 

陽は、薫が書道教室に現れた日のことをまた思い出していた。上級者に囲まれて、気後れしながらも、書道に出会ったことで、乾いた土が水を吸い込むように上達した薫。陽は、薫が心の世界を書で表現しようともがいている姿を間近で見ていたのだ。

 

薫が佐伯を慕っていることを知っていても、いつも薫の側にいて、薫を守ってあげたいと思っていた。いつか薫が振り向いてくれることを信じて。

 

しかし、薫は佐伯と書道を通じて深く結びついている。薫は、佐伯が才能豊かで、優秀な指導者で、容姿端麗だから、佐伯を慕っているのではない。薫は佐伯と心が通じているのだと感じた。

 

薫は、陽の庇護など必要としないほど成長したのだ。佐伯の庇護さえ必要としないほどに。自分の力で立ち、書の道を自力で進もうとしているのだ。一人の書道家として自立しようともがいているのだ。

 

そんなふうに薫を変えられるのは佐伯隆也だけだと、陽は痛感したのだった。

 

稽古が終わると、陽はすっかり葉桜になった住宅街の桜並木を歩いた。春風が心地よかったが、陽の目からは一筋の涙が流れた。

 

「静夜思」に苦戦している薫に差し入れをしたこと、書道展の後、二人で街の夜景を見たこと、書道講習会の後、側溝に足を取られた薫を支えて抱きしめたこと、そして、初詣の後、キスをしたこと等、薫の姿が陽の心に鮮やかに蘇った。

   

薫は陽を親しく思っている。キスをしても嫌がりはしなかった。嫌がりはしなかったが、陽の好意に応えてはくれなかった。

 

-諦める時が来たのかな-と陽は思った。

 

その時、突然、陽の心に美咲が現れた。鮮やかなオレンジ色の花のような美少女の姿が浮かんだのだった。

 

「私は、陽がカッコよくて、勉強やスポーツも出来て、書道の才能を認められていても、本当は何をしたいのかわからなくて、いつも苛々していたのを知っていたよ」

 

美咲の言葉が蘇った。

 

陽は「自分の中のエネルギーを書で表現しよう!創造しよう!」とするようになったことを、美咲が気づかせてくれたことを思い出したのだった。自分でも戸惑うほど、美咲に会いたいと感じたのだった。

 

つづく

<薫~書の道・愛の道~目次>


「墨の香り」『薫~書の道・愛の道~』その1

「衝動」『薫~書の道・愛の道~』その2

「月光」『薫~書の道・愛の道~』その3

「脱皮」『薫~書の道・愛の道~』その4

「気づき」『薫~書の道・愛の道~』その5

「衝撃」『薫~書の道・愛の道~』その6

  「オアシス」『薫~書の道・愛の道~』その7

「疑念」『薫~書の道・愛の道~』その8

「書道講習会」『薫~書の道・愛の道~』その9~

「イルミネーション」『薫~書の道・愛の道~』その10

「カナリーイエローのマフラー」『薫~書の道・愛の道~』その11

「タロット:塔」『薫~書の道・愛の道~』~その12~

「遠い存在」『薫~書の道・愛の道~』その13~

「大掃除」『薫~書の道・愛の道~』その14~

「贈り物」『薫~書の道・愛の道』~その15~

「書き初め」『薫~書の道・愛の道~』その16

「翡翠色の振り袖」『薫~書の道・愛の道~』その17

「若い二人」『薫~書の道・愛の道~』その18

「壁を越えて」『薫~書の道・愛の道~』その19

「プライド」『薫~書の道・愛の道~』その20

「火祭り」『薫~書の道・愛の道~』その21

「濃紺のネックウォーマー」『薫~書の道・愛の道~』その22

「嵐の前の静けさ」『薫~書の道・愛の道~』その23

「闘いの序章」『薫~書の道・愛の道~』その24

「円相(えんそう)」『薫~書の道・愛の道~』その25

「ライバル」『薫~書の道・愛の道~』その26

「殻を脱ぎ捨てて」『薫~書の道・愛の道~』その27

「敷かれたレール」『薫~書の道・愛の道~』その28

「『塔』のメッセージ」『薫~書の道・愛の道~』その29

「江碧鳥逾白」『薫~書の道・愛の道~』その30

「岐路」『薫~書の道・愛の道~』その31

「行動開始」『薫~書の道・愛の道~』その32

「存在感」『薫~書の道・愛の道~』その33

「生徒募集中」『薫~書の道・愛の道~』その34

「最初の日」『薫~書の道・愛の道~』その35

「復帰」『薫~書の道・愛の道~』その36

「理解者」『薫~書の道・愛の道~』その37

「体験授業」『薫~書の道・愛の道~』その38

「春の兆し」『薫~書の道・愛の道~』その39

「揺れる想い」『薫~書の道・愛の道~』その40

「信じる道」『薫~書の道・愛の道~』その41

「夢を伝える人」『薫~書の道・愛の道~』その42

「変わり目」『薫~書の道・愛の道~』その43

「大切な人」『薫~書の道・愛の道~』その44

「抱擁」『薫~書の道・愛の道~』その45

「花吹雪」『薫~書の道・愛の道~』その46

「ナビゲーター」『薫~書の道・愛の道~』その47

「書きたい」『薫~書の道・愛の道~』その48

「克服」『薫~書の道・愛の道~』その49

「変貌」『薫~書の道・愛の道~』その50

「会いたい!」『薫~書の道・愛の道~』その51

   

 

作家:村川久夢

 

 

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