【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その42「夢を伝える人」

夕食を終えると、薫は日課になっている書道の練習をしていた。佐伯の書道教室では、今、お花見の話で持ち切りだった。優秀な書道家で、40代になっている佐伯の好物が、卵焼きやたこウインナーだと知って、みんなで笑ったことを思い出して、薫は一人笑った。これまでこんなにお花見を楽しみに待ったことはなかった。

   

教室での出来事を振り返ってみると、書道展に「静夜思」を書いた時、佐伯と一緒に見た月がしみじみと美しいと感じたことを思い出したのだった。その美しい光景を書で表そうと奮闘したことが感慨深く思い出された。

   

書道展、書き初め、左義長、バレンタイン・・・

    

佐伯の書道教室に入ってから、それまでは淡々としていた薫の人生に、辛い山や苦しい谷が現れたことも思い出した。しかし、淡々と暮らしていた頃は、辛いこともない代わりに、大きな喜びもなかった。

   

佐伯に出会い、書道に出会ってからは、大変なこともあった。辛い時や苦しい時もあったが、それを越えた時には、達成した喜びが待っていた。薫は、人としても自分が成長している気がしたのだった。

   

薫の心に俳優のHに似ていると言われている端正な佐伯の顔が浮かんだ。

  

全く初心者の薫を熱心に教えてくれた佐伯、離れでいつでも練習できるように取り計らってくれた佐伯、八雲蒼風先生の本をくれ薫の手を包み込んだ佐伯。

 

そして、寺院が見えるカフェで佐伯が言った言葉も忘れたことはなかった。

 

「今の僕には薫さんが心の支えだよ」

「薫さんが信じた書の道で、薫さんにしか表せない世界を心のままに描けるように、僕は全力で薫さんを支えるよ。だから自分の力を信じて進むんだ」

 

佐伯の言葉を思い出すたびに、薫はそれが幻だったのではないかと思えた。佐伯を慕うあまりの妄想ではないかと思えるのだった。

 

薫は、佐伯から奨励級の3級を優秀な成績で無事合格したと聞かされた。薫の昇級が早く、作品が毎回、会報やホームページに載ったこともあって、本部でも薫のことが話題になっているらしいとも佐伯は言った。

  

-佐伯先生の指導の賜物だわ。しっかり練習してそれに報いたい!-薫は思った。

  

奨励級を終えると、検定課題はぐっと難しくなった。また課題の数も楷書、行書、草書から2つ課題手本が送られて来た。課題の数も増えたのだ。

  

-早く初段になって、指導者資格も欲しい!―

   

いつしか薫が描くようになった夢だった。書道に出会う前の薫のように、夢や希望を抱けない人に、書道を通して、自分を表現できる喜び、夢や希望を実感できる喜びを伝えたいと思うようになっていたのだった。

  

薫は墨を擦り、筆を取ると、真剣に検定課題の練習をしたのだった。

  

次の練習日、薫が書道教室に行くと、美緒が待ち構えていたように薫に言った。

 

「なんだか今年はいつまでも寒いわね!」

「そうね、今年の桜は遅いみたいね」薫が応えると、

 

「そうそう、母が田口雄一郎さんから聞いたらしいけど、貴子さんが個展を開くんだって。貴子さんは子どもの頃から受賞歴も華々しいし、それになんと言っても美人だからマスコミ受けするのよね」美緒は言った。

  

「貴子さん、ずいぶん長く教室には来られていないけれど・・・」薫が言うと、

 

「貴子さんはこの教室を辞めるそうよ。佐伯先生とは書道に求めるものが違うからなんだって・・・」美緒が声を潜めて言った。

    

「え!佐伯先生はご存知なのかしら?」薫が心配そうに言うと、

 

「わからない。でも、あの二人もこれで決定的な破局ね。貴子さんはプライドが高いから絶対に認めないと思うけれど、佐伯先生が薫に惹かれて行くのも気に入らなかったんじゃないかな?」

   

美緒が少し意地悪げな目で薫を見て言った。

  

「陽も薫さん、薫さんって、薫に夢中だし、薫って隅に置けないわね!」

   

薫は休会が続いている貴子が気になっていた。しかし、貴子がいないと、昭子や上条、貴子の取巻きの3人も気軽に薫と話すようになり、教室の雰囲気が和やかになった。

  

貴子が辞めることを望んでいたようで、薫は後ろめたさを感じたのだった。

   

つづく

<薫~書の道・愛の道~目次>


「墨の香り」『薫~書の道・愛の道~』その1

「衝動」『薫~書の道・愛の道~』その2

「月光」『薫~書の道・愛の道~』その3

「脱皮」『薫~書の道・愛の道~』その4

「気づき」『薫~書の道・愛の道~』その5

「衝撃」『薫~書の道・愛の道~』その6

「オアシス」『薫~書の道・愛の道~』その7

「疑念」『薫~書の道・愛の道~』その8

「書道講習会」『薫~書の道・愛の道~』その9~

「イルミネーション」『薫~書の道・愛の道~』その10

「カナリーイエローのマフラー」『薫~書の道・愛の道~』その11

「タロット:塔」『薫~書の道・愛の道~』~その12~

「遠い存在」『薫~書の道・愛の道~』その13~

「大掃除」『薫~書の道・愛の道~』その14~

「贈り物」『薫~書の道・愛の道』~その15~

「書き初め」『薫~書の道・愛の道~』その16

「翡翠色の振り袖」『薫~書の道・愛の道~』その17

「若い二人」『薫~書の道・愛の道~』その18

「壁を越えて」『薫~書の道・愛の道~』その19

「プライド」『薫~書の道・愛の道~』その20

「火祭り」『薫~書の道・愛の道~』その21

「濃紺のネックウォーマー」『薫~書の道・愛の道~』その22

「嵐の前の静けさ」『薫~書の道・愛の道~』その23

「闘いの序章」『薫~書の道・愛の道~』その24

「円相(えんそう)」『薫~書の道・愛の道~』その25

「ライバル」『薫~書の道・愛の道~』その26

「殻を脱ぎ捨てて」『薫~書の道・愛の道~』その27

「敷かれたレール」『薫~書の道・愛の道~』その28

「『塔』のメッセージ」『薫~書の道・愛の道~』その29

「江碧鳥逾白」『薫~書の道・愛の道~』その30

「岐路」『薫~書の道・愛の道~』その31

「行動開始」『薫~書の道・愛の道~』その32

「存在感」『薫~書の道・愛の道~』その33

「生徒募集中」『薫~書の道・愛の道~』その34

「最初の日」『薫~書の道・愛の道~』その35

「復帰」『薫~書の道・愛の道~』その36

「理解者」『薫~書の道・愛の道~』その37

「体験授業」『薫~書の道・愛の道~』その38

「春の兆し」『薫~書の道・愛の道~』その39

「揺れる想い」『薫~書の道・愛の道~』その40

「信じる道」『薫~書の道・愛の道~』その41

「夢を伝える人」『薫~書の道・愛の道~』その42

「変わり目」『薫~書の道・愛の道~』その43

 

 

作家:村川久夢

 

 

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