【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その39「春の兆し」

桜の芽が膨らみ、日差しに春らしさが増した頃、佐伯の書道教室にも少しずつ春が兆しだした。定例の稽古日に薫、美緒、陽、そして復帰した佐藤昭子や新しく教室に入った山口佳苗も加わって、みな稽古に集中していた。

   

佐伯は、初心者の佳苗が気後れすることなく書道を楽しめるように、配慮して稽古を進めた。また同時に、復帰した昭子にも今まで以上に気を配り、いつも熱心に頑張っている薫にも美緒にも陽にも的確な指導をしたのだった。

  

薫が教室の後片付けをしていると、一緒に片付けをしていた昭子が薫に話しかけた。

 

「いつも一生懸命に練習して、準備や片付けも進んでしている薫さんは偉いなと思いながら、あまり薫さんと話したことなかったですね」

「本当ですね」

   

「しばらく休んで、復帰したら、教室の雰囲気が穏やかになっていて、佐伯先生も前よりずっと気にかけて下さるようになって、内緒だけれど、私は今の方が楽しくて居心地がいいわ」と昭子は穏やかに笑ったのだった。

   

佐伯は入口が開いた気配を感じて、玄関に行くと、いつもいかめしい表情で練習していた上条鉄男が立っていた。

   

「佐伯先生、丁寧なお手紙をありがとうございました。先生のお手紙を読んで、私は自分が恥ずかしくなりましたよ」上条が言った。

   

「上がって下さい。立ち話もなんなので」佐伯は片付けの済んだ教室に上条を案内した。

   

「私は、これでも私なりに書道を大切にしていたつもりでした。私も昔は佐伯と同じように高校で書道を教えていました。でも、書道に専念したくて、退職したんです」上条は言った。

  

「そうだったんですね。知りませんでした」

  

「ところが、歳月が経つと、志は薄れて、書道が生活する道具になっていましたよ。群青会や佐伯隆也先生のネームバリューを利用しようとしていた。お恥ずかしい話しです」

「・・・」

 

「でも、初心者クラスのことや先生の心のこもったお手紙で、目が覚めたんです。初心に帰ったんです。それに、私はこれでも先生の書がとても好きなんです。お手紙には、戻りたければ、歓迎すると書かれていました。先生、また、教室に戻らせて下さい。お願いします!」上条は深々と頭を下げた。

 

「上条さん!ありがとうございます。また一緒に稽古しましょう!」佐伯は上条の手を取って言ったのだった。

  

以前の佐伯は佐藤昭子や上条鉄男と書道以外のことを話したことがほとんどなかった。昭子の気持ちを知らなかったように、上条の経歴や書道に対する思いも全く知らなかったのだ。生徒のバックグラウンドを知ると、より適切な書道指導ができると感じたのだった。

 

佐伯が思いを込めて毛筆で書いた手紙は、休会中だった生徒の心に響いたようで、少しずつ生徒が復帰し始めた。

 

貴子の取巻きだった3人娘、高橋芽衣、伊藤真美、渡辺杏里も3人連れ立って、佐伯の教室に戻って来たのだった。

   

「私たち3人とも貴子さんと中学からの友だちなんです」芽衣が言った。

    

「友だちって言っても、貴子さんは学校でも目立つ美人だし、成績も良かったし、なんと言っても書道で何度も大きな賞を取っていたし、存在感が全然違っていたんです」言いにくそうに真美が言った。

      

「何となく私たち貴子さんの取巻きみたいになっちゃって、貴子さんのご機嫌をとるようになってしまったんです」今度は杏里が言った。

    

「でも、この前、貴子さんに呼び出されて、彼女に会ったんです。そしたら、なんだかいつものお高いっていうか、上から目線って言うか、それが消えていて、ねえ、そうだったよね、真美」と芽衣が真美に同意を求めた。

    

「元気なかったけれど、いつものちょっと怖い感じがなくて。『私に気を使わず、佐伯先生の教室に戻りたければもどっていいのよ』って言ったんです」真美が芽衣に続いて言ったのだった。

     

「佐伯先生、私たち、最初は確かに貴子さんのお供で先生の教室に来ました。ここに来れば、中学からの友だちにも会えるし。でも、休会してみて、いつの間にか書道も好きになっていたことに気づいたんです!」杏里が言った。

   

「検定試験や書道展の練習は大変だけれど、目標があったり、目標に向かって一生懸命になったり、達成した喜びがあったり、それが私たちにとってとても大切なことだって、気づいたんです!」芽衣も一生懸命に言った。

  

「墨を擦って、墨の香りのなかで、書に集中する時間が好きになっていたんです」真美も訴えた。

   

「だからまた佐伯先生の教室で習いたいんです!」3人は声を揃えて言った。

    

元気がなかったと言う貴子のことは気になったが、3人が自分は本当に書道が好きだと気づいて、戻って来てくれたことが嬉しかった。

   

薫も美緒も陽も、佐伯と芽衣たち3人の会話を聞いていた。3人が帰ると佐伯は、薫たちの所にやって来た。

 

「良かった!佐伯先生の冬の時代は終わりつつあるね」陽が言った。

「本当ね、少しずつ生徒さんが戻って来たし」美緒が言った。

「新しい生徒さんも来られるようになったし」薫も嬉しそうに言った。

   

「そうだ!もう一つ良い知らせがあるんだ。薫さんが奨励級の3級を優秀な成績で無事合格した。昇級が早く、作品が毎回、会報やホームページに載ったので、本部でも薫さんのことが話題になっているらしいよ」佐伯が嬉しそうに言った。

 

「佐伯先生にも薫にも春が来たんですね!」と美緒は言って、「佐伯先生には薫が春だし、薫には佐伯先生が春ですものね!」と冷やかすように言った。

   

「二人とも私が知らないとでも思っているんですか?」と美緒は赤くなっている二人をみながら言ったのだった。

   

つづく

 

<薫~書の道・愛の道~目次>


「墨の香り」『薫~書の道・愛の道~』その1

「衝動」『薫~書の道・愛の道~』その2

「月光」『薫~書の道・愛の道~』その3

「脱皮」『薫~書の道・愛の道~』その4

「気づき」『薫~書の道・愛の道~』その5

「衝撃」『薫~書の道・愛の道~』その6

  「オアシス」『薫~書の道・愛の道~』その7

「疑念」『薫~書の道・愛の道~』その8

「書道講習会」『薫~書の道・愛の道~』その9~

「イルミネーション」『薫~書の道・愛の道~』その10

「カナリーイエローのマフラー」『薫~書の道・愛の道~』その11

「タロット:塔」『薫~書の道・愛の道~』~その12~

「遠い存在」『薫~書の道・愛の道~』その13~

「大掃除」『薫~書の道・愛の道~』その14~

「贈り物」『薫~書の道・愛の道』~その15~

「書き初め」『薫~書の道・愛の道~』その16

「翡翠色の振り袖」『薫~書の道・愛の道~』その17

「若い二人」『薫~書の道・愛の道~』その18

「壁を越えて」『薫~書の道・愛の道~』その19

「プライド」『薫~書の道・愛の道~』その20

「火祭り」『薫~書の道・愛の道~』その21

「濃紺のネックウォーマー」『薫~書の道・愛の道~』その22

「嵐の前の静けさ」『薫~書の道・愛の道~』その23

「闘いの序章」『薫~書の道・愛の道~』その24

「円相(えんそう)」『薫~書の道・愛の道~』その25

「ライバル」『薫~書の道・愛の道~』その26

「殻を脱ぎ捨てて」『薫~書の道・愛の道~』その27

「敷かれたレール」『薫~書の道・愛の道~』その28

「『塔』のメッセージ」『薫~書の道・愛の道~』その29

「江碧鳥逾白」『薫~書の道・愛の道~』その30

「岐路」『薫~書の道・愛の道~』その31

「行動開始」『薫~書の道・愛の道~』その32

「存在感」『薫~書の道・愛の道~』その33

「生徒募集中」『薫~書の道・愛の道~』その34

「最初の日」『薫~書の道・愛の道~』その35

「復帰」『薫~書の道・愛の道~』その36

「理解者」『薫~書の道・愛の道~』その37

「体験授業」『薫~書の道・愛の道~』その38

「春の兆し」『薫~書の道・愛の道~』その39

「揺れる想い」『薫~書の道・愛の道~』その40

 

 

作家:村川久夢

 

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