【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その21「火祭り」

薫はいつものように硯に水を差し、墨を擦った。墨をする感触が快く伝わり、墨の香りが狭い薫の部屋に広がった。その香りは心のざわめきを鎮めるのだった。

 

佐伯の勧めで、離れに毎日のように通い練習を重ねて以来、薫は毎日筆を取って練習するようになった。検定試験の課題だけでなく、佐伯に書いてもらった手本で毎日熱心に練習を重ねていたのだ。

 

薫は思い立って、佐伯にもらった八雲蒼風の本を開いた。蒼風先生の書を臨書してみようと思い立ったのだが、本を手に取ると、薫の手を包み込んだ佐伯の手の温もりが蘇って来るのだった。

   

そして、佐伯の手の温もりを感じると、陽の唇の感触が薫の唇に蘇った。

 

-明日は書初め以来、初めての書道教室の日だわ-薫は思った。

 

佐伯や陽と顔を合わすのが怖いようで、それでいて、二人に早く会いくもあり、薫は心が乱れるのを感じた。

  

いつものように一番早く教室に行き、準備をしていると、陽がやって来た。

 

「おはよう、薫さん。新年の挨拶は書初めの日にしたよね?相変わらず、いつも早いね」

陽は初詣の日のことなどなかったかのように、薫が拍子抜けするほどいつも通りで自然だった。

 

「おはよう、陽くん」

薫も精一杯普通に陽に接しようとしたが、挨拶の声がぎこちないように感じ焦った。

 

やってきた他の生徒と準備をしていると、佐伯が現れた。佐伯の姿を見ると、薫は胸がドキドキして、佐伯と目を合わせることが出来なかった。

 

そんな薫に気づいているのか、いないのか、佐伯はいつものように稽古を開始し、いつものように熱心に生徒を指導したのだった。

 

薫が暮らす地方では、小正月に「左義長(さぎちょう)」と呼ばれる火祭りが行われる。長い竹を3、4本組んで立て、そこにその年飾った門松やしめ縄飾り、書初めを持ち寄って焼くのだ。

 

左義長の日、佐伯は生徒の書初め作品を持ち、薫と陽と共に火祭りが行われる神社に向かった。

 

「火祭りの火で、一緒に燃やした書初めが、高く舞い上がれば習字が上達する」という言い習わしがあるのだ。

  

火祭りが始められ、積み上げられた飾り物や書初めに火がつけられ、炎が大きくなった。佐伯の「雲外蒼天」も、薫の「一意専心」も、陽の「飛翔」も美しく燃え上がった。

  

夜空に燃え立つ炎は迫力に満ちて美しかった。炎には浄化の力があると言われている。

  

薫は炎を見つめる内に、二人の男性の間で揺れている心が静かになるのを感じたのだった。薫の直ぐ側に立っている陽も少し離れて立つ佐伯も炎に照らされて美しかった。

   

陽は、「一意専心」と書初めで書いた薫を薫らしいと思った。炎に照らさる薫の目が煌めいて綺麗だった。火祭りの炎が自分の恋心のように感じたのだった。

   

佐伯は、炎に照らされる薫と陽の若い美しさに見とれた。そして、17才も年下の薫に惹かれ始めている自分に戸惑い、薫に真っ直ぐな好意を示す陽の正直さに羨望を感じた。

   

火祭りの炎は、勢いを増し、夜空を焦がしたのだった。

   

薫、陽と別れて、火祭りから自室に帰った佐伯の心は暗く重かった。田口家の年賀パーティーで聞いた伯母夫婦が家を売却すると言う噂は、本当だったのだ。

  

正月の三ヶ日が過ぎると、ドイツから実家に帰った伯母夫婦の長男、佐伯の従兄の徹も交えて、朝倉邸売却について話し合った。

   

家を売却すると、伯母夫婦も渡独し、徹一家と同居が決まっていた。

   

趣のある朝倉邸の佇まいが気に入った、ある素封家が朝倉邸購入を希望していると聞かされた。素封家は朝倉邸を改修するのは最低限にして、趣のある佇まいをそのまま残すことを望んでいると言うのだった。

   

伯母幸子は、甥である佐伯の身の振り方を案じていた。佐伯の事情を知った素封家は、離れを佐伯に貸すことを承諾してくれたようだった。

  

「隆也はどうするつもりなの?幸い、離れを貸してはもらえるけれど、家賃もかかるし、生活費も必要だし・・・」幸子が言いよどんだ。

 

「もう一度、高校の書道教諭に戻るのはダメなのかい?」伯父の孝三が言った。

  

「隆也、ドイツに来て、僕の新しい会社で働かないかい?」と徹が言った。

 

佐伯は高校の書道教諭に戻る気持ちは全くなかった。ドイツ行きにも心は動かなかった。素封家から離れを借りて、今の暮らしを続けたい気持ちが一番強かったが、自分の経済力には、全く自信がなかった。

 

重い気分を変えようと自室を出て、離れに向かった。離れに入ると、朝倉邸のパーティーの後、無心に描いた円が目に入った。

 

-いいね!のびのびしている!-

-ありがとうございます。僕、習字が楽しいと思ったのは初めてです!-

-君の楽しさが字に表れているんだよ-

幼い日の蒼風との会話と蒼風の優しい笑顔が蘇った。

  

そして、不意に薫の姿が心に浮かんだ。幼い日の自分と同じように、書道が楽しくて仕方がない薫の姿が、真っ直ぐに自分を見ている薫が!

  

-書道教室を辞めるわけにはいかない!-

-心から書道を愛するあの子を一人前の書道家に育てたい!―

-薫を決して手放しはしない-

 

佐伯は自分の心が定まったのを感じたのだった。

 

 つづく


「墨の香り」『薫~書の道・愛の道~』その1

「衝動」『薫~書の道・愛の道~』その2

「月光」『薫~書の道・愛の道~』その3

「脱皮」『薫~書の道・愛の道~』その4

「気づき」『薫~書の道・愛の道~』その5

「衝撃」『薫~書の道・愛の道~』その6

  「オアシス」『薫~書の道・愛の道~』その7

「疑念」『薫~書の道・愛の道~』その8

「書道講習会」『薫~書の道・愛の道~』その9~

「イルミネーション」『薫~書の道・愛の道~』その10

「カナリーイエローのマフラー」『薫~書の道・愛の道~』その11

「タロット:塔」『薫~書の道・愛の道~』~その12~

「遠い存在」『薫~書の道・愛の道~』その13~

「大掃除」『薫~書の道・愛の道~』その14~

「贈り物」『薫~書の道・愛の道』~その15~

「書き初め」『薫~書の道・愛の道~』その16

「翡翠色の振り袖」『薫~書の道・愛の道~』その17

「若い二人」『薫~書の道・愛の道~』その18

「壁を越えて」『薫~書の道・愛の道~』その19

「プライド」『薫~書の道・愛の道~』その20

「火祭り」『薫~書の道・愛の道~』その21

「濃紺のネックウォーマー」『薫~書の道・愛の道~』その22

 

作家:村川久夢

 

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