【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その18「若い二人」

鎮守の森で薫から唇を離しても、陽はじっと薫の目を見つめていた。薫は戸惑いながらも陽の目を見つめ返した。黒目がちな陽の目は、冬枯れの木々の間から差し込む冬の日に、キラキラ輝いていた。

   

陽の真剣な眼差しに、大掃除の帰り道で薫を追いかけて来た時の、佐伯の何かを訴えるような眼差しが重なって見えた。薫の唇に残る陽の唇の温もりに、薫の手を包み込んだ佐伯の手の温もりが蘇った。

 

目の前にいる陽と佐伯の面影が、薫の頭でグルグルまわり、薫は放心したように閑静な森の中を歩いた。

 

「薫さん、薫さん、大丈夫?」陽に呼ばれて、薫は我に返った。

 

陽はどこで買って来てくれたのか、レモンティの瓶を手に持っていた。いつかのように蓋を開けて、薫に進めてくれた。

 

「薫さん、飲んで」

「ありがとう」

 

温かいレモンティを一口飲むと、ほっとした気持ちになった。少し落ち着いた薫の様子を見ると、陽はいきなり薫の手からレモンティの瓶を奪い取って、ゴクリと一気に飲んだ。そして、思い切ったようにこう言ったのだった。

 

「薫さんが佐伯先生を好きだってことを僕は知っている。でもね、薫さんが辛い時、困った時、僕はいつも薫さんの側にいて、薫さんを守りたいんだ。いつか薫さんが振り向いてくれると信じているんだ!」

 

冬枯れの鎮守の森で、薫の振り袖の翡翠色と陽の着物の淡黄は、そこだけが春のように色鮮やかだった。

 

書道教室を出ると、貴子と佐伯はタクシーに乗り、貴子は自宅の場所を運転手に告げた。佐伯は、浮かない顔をして無言だった。

 

「隆也さん、どうしたの?浮かない顔をして。まさか振り袖のお子様ランチと初詣にでも行きたかったとか?」

「・・・」

 

佐伯の胸に翡翠色の振り袖を着て、真剣な表情で筆をとった薫の姿が蘇った。厳かささえ感じさせる姿だった。ほとばしるような生命力に溢れた薫の「一意専心」は見事であった。佐伯は、あの時、薫が何かを越えたのを感じたのだった。

 

「隆也さん、青鈍の大島がお似合いね。マダムたちがうるさいことでしょうね」

「・・・」

 

ここ数年来、佐伯は書初めが済むと、貴子の父田口雄一郎に年賀の挨拶に出かけるのが恒例になっていた。

 

芸術に造詣が深い雄一郎は、まだ無名だが才能ある芸術家の理解者であり、田口邸のサロンは、文字通り芸術サロンであった。雄一郎夫人の月子は、社交家であり、夫雄一郎以上の人脈を誇っていた。

  

20畳は優に越える田口邸のサロンには、すでに多くの人が集まっていた。ケータリングサービスが、豪華な年賀の料理を用意し、豪華なセッティングが施されたテーブルには、高価なワインが何本も並んでいた。

 

何度来ても、佐伯はこの雰囲気に慣れることが出来なかったのだった。

 

着飾ったマダムの一団が佐伯を見つけると、歓声を上げて、佐伯を囲んだ。「まだ結婚しないのか?」と言うお決まりの会話の中で、佐伯は気がかりな噂話に耳をとめた。

 

「朝倉様もとうとう住居を売却されるそうね」あるマダムが言った。

「朝倉様って、佐伯先生の伯母様の?」

「そうなのよ、ご子息様が会社を起こされるらしくて、資金が必要らしいわ」

「離れは?」

「おそらく離れも全部じゃないかしら」

 

伯母幸子の家に居候をして10年近くたった。いずれ、こんな日が来ることは覚悟していたが、初耳だった。しかもこんな形でそれを知ることになろうとは思わなかった。佐伯は、鉛の塊を胸に抱いたような気がしたのだった。

 

早々に田口邸を後にして、佐伯は家に向かった。正月を迎えて、日が少し長くなったとは言え、冬の日はすっかり暮れていた。バスやタクシーに乗る気にはなれず、気分を変えるためにも、今後の身の振り方を考えるためにも、少し歩きたかった。

   

高台にある田口邸を後にして、住宅街まで歩いて来ると、和装の若いカップルが手をつないで歩いているのが目に入った。

   

街灯に照らされて二人がハッキリ見えた。薫と陽だった。どこか戸惑ったような雰囲気の薫に陽が優しく寄り添っていた。

  

若い二人の初々しい和服姿に、佐伯は自分でも驚くほど衝撃を受けたのだった。

 

 つづく


「墨の香り」『薫~書の道・愛の道~』その1

「衝動」『薫~書の道・愛の道~』その2

「月光」『薫~書の道・愛の道~』その3

「脱皮」『薫~書の道・愛の道~』その4

「気づき」『薫~書の道・愛の道~』その5

「衝撃」『薫~書の道・愛の道~』その6

  「オアシス」『薫~書の道・愛の道~』その7

「疑念」『薫~書の道・愛の道~』その8

「書道講習会」『薫~書の道・愛の道~』その9~

「イルミネーション」『薫~書の道・愛の道~』その10

「カナリーイエローのマフラー」『薫~書の道・愛の道~』その11

「タロット:塔」『薫~書の道・愛の道~』~その12~

「遠い存在」『薫~書の道・愛の道~』その13~

「大掃除」『薫~書の道・愛の道~』その14~

「贈り物」『薫~書の道・愛の道』~その15~

「書き初め」『薫~書の道・愛の道~』その16

「翡翠色の振り袖」『薫~書の道・愛の道~』その17

「若い二人」『薫~書の道・愛の道~』その18

「壁を越えて」『薫~書の道・愛の道~』その19

 

作家:村川久夢

 

 

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