【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その17「翡翠色の振り袖」

 

一月二日、年末の大掃除で掃き清められた清々しい教室で、皆が恵方を向き、佐伯の用意した若水で一心に墨を擦った。教室には厳かさが漂っていた。それぞれが、一年の目標、抱負、決意を胸に筆を取った。

 

青鈍色の大島紬に錫色の袴姿の佐伯は、精神を集中させると「雲外蒼天」と力強く、一気に書き上げた。

 

滑らかだが力強い線で「英姿颯爽」と書いた貴子は、紅緋地に更紗模様が描かれた小紋にたすき掛けをして、いつも以上に美しかった。

 

薫は全てを忘れ、墨が硯に擦れる感触に意識を集中した。墨の香を大きく吸い込むと、筆に墨を含ませ「一意専心」と一気に書き上げた。

 

佐伯も貴子も陽も美緒も、その場にいた者全てが薫の姿に釘付けになった。

 

美しい!

 

突然、不可思議な力が働いたかのように薫は艶やかに輝いていた。薫の翡翠色の振り袖と山吹色の袴には、美人の誉れ高き曾祖母琴乃の霊が宿っていたのだろうか。

 

その時、薫は不可思議な感覚に捉えられていた。柔らかな明るい光に包まれ、教室が見えなくなった。快かった。

  

-ああ~!私は変われるんだ!私は変わるんだ!-

薫は心の奥から力強く響く自分自身の声を聞いたのだった。

 

不思議な光が去り、気がつくと、ほとばしるような生命力に溢れた「一意専心」が書き上がっていた。薫は、自分が書いたとはにわかには信じられなかった。

 

-私は変われるんだ!もう夢のない虚しい私じゃない!―

 

薫は、心が静かに喜びで溢れるのを感じた。

 

書初めの興奮が去ると、薫は目で佐伯を探した。

 

-佐伯先生に見て欲しい!翡翠色の着物を着た私を!-再び前夜の妄想が蘇ったのだった。

 

ところが貴子が、

「佐伯先生、後片付けは薫さんたちに任せて、私の家に行きましょ。他の先生方もそろそろ御出でになる頃だわ」と言って、有無を言わさず佐伯を連れ去ってしまったのだ。

 

佐伯は、薫たちに一言のことわりもなく、無表情に貴子と出て行ってしまったのだった。

 

貴子と佐伯の姿が教室から消えると、

「これだからお嬢様は困るのよね~!」

と美緒が不満げに言った。薫は悲しかったが、黙って教室を片づけた。

 

「薫さん、初詣に行こうよ!」と陽が薫に声をかけた。

「・・・」薫が黙っていると、

「初詣に行こうよ!行っておみくじを引こう!」と陽は薫の手を取り、駄々をこねるように言った。

 

-私が落ち込んでいると、いつも陽が元気づけてくれるな-薫は思った。

 

淡黄のアンサンブルを着て、路孝茶の袴を履いた陽は、その名の通り陽の光のように明るく優しかった。

 

薫と陽は、奈良時代に創建されたこの地方で最も古い神社に詣でた。陽は、きちんと二礼二拍手一礼の作法で拝礼し、神妙な表情で長い間、祈っていた。

 

「薫さん、この神社の鎮守の森は原生林なんだ。自然のせせらぎもあって、とってもいい雰囲気なんだよ。知ってる?」と陽が言った。

「うん、有名よね。前、夏に来たことがあるよ」と薫が答えると

「冬枯れの時は、日が差して明るいんだ。散歩して行こうよ」と言って陽が誘うと、

「そうね」と薫は答えた。

 

鎮守の森は冬枯れの木々の間から日が差して、思いの外、明るく暖かかった。とは言え、真冬に散歩する人はほとんどなく、静かだった。

 

「薫さん、僕が何を祈ったと思う」陽がぽつんと言った。薫が黙っていると、

 

「薫さんにだけ教えてあげる」

「・・・」

 

「僕の恋が実りますようにって祈ったんだ」

「・・・」

 

陽は薫を真っ直ぐに見た。

「わかるよね?僕が誰に恋をしてるか」

「・・・」

 

陽は両手を伸ばし、終始無言の薫の肩を掴んだ。ゆっくりと身体を薫に近づけて、唇を薫の唇に軽く重ねたのだった。

 

 つづく


「墨の香り」『薫~書の道・愛の道~』その1

「衝動」『薫~書の道・愛の道~』その2

「月光」『薫~書の道・愛の道~』その3

「脱皮」『薫~書の道・愛の道~』その4

「気づき」『薫~書の道・愛の道~』その5

「衝撃」『薫~書の道・愛の道~』その6

  「オアシス」『薫~書の道・愛の道~』その7

「疑念」『薫~書の道・愛の道~』その8

「書道講習会」『薫~書の道・愛の道~』その9~

「イルミネーション」『薫~書の道・愛の道~』その10

「カナリーイエローのマフラー」『薫~書の道・愛の道~』その11

「タロット:塔」『薫~書の道・愛の道~』~その12~

「遠い存在」『薫~書の道・愛の道~』その13~

「大掃除」『薫~書の道・愛の道~』その14~

「贈り物」『薫~書の道・愛の道』~その15~

「書き初め」『薫~書の道・愛の道~』その16

「翡翠色の振り袖」『薫~書の道・愛の道~』その17

「若い二人」『薫~書の道・愛の道~』その18

 

作家:村川久夢

 

 

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