【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その14「大掃除」

薫が教室の片づけを終えて帰って行く後姿を、佐伯はじっと見つめていた。薫に教えられるまでもなく、佐伯は薫が10級を受験して8級で合格し、作品が会報「群青」に掲載されたことを知っていた。

 

伯母幸子に案内されて、薫が初めて教室に来た時のことが佐伯の胸に蘇った。2年ほど前のことが、遠い昔のように感じられるほど、薫との2年間が佐伯には濃く思えたのだった。

 

佐伯は自分の書道教室で全くの初心者を教えるのは薫が初めてだった。少女っぽさを残した薫は、最初はひどく自信なげだったが、乾いた土が水を吸い込むように佐伯の指導を受け、熱心に教室に通い、佐伯を驚かせるほどぐんぐん上達したのだった。

  

書道展で漢詩「静夜思」を課題として与えると、薫は苦労していたが、心の風景を書で表現する喜びを感じ取った様子だった。

 

薫は書道から何かを感じとり、気づきを得た時、黒い澄んだ瞳を輝かせた。喜びを佐伯に伝えようとした。薫は書道の技量が上達しただけでなく、感性を研ぎ澄まし、表現力をつけ、別人のようにいきいきと輝くようになったのだ。

 

薫は書の道を歩む者としても、人としても成長した。人の成長に関われる指導者の喜びを佐伯は実感したのだった。

 

そして同時に、薫に強い愛しさを感じる自分を禁じ得なかった。

 

そんな自分に戸惑い、後ろめたささえ感じた。薫が自分に一途な思いを寄せていることも敏感に感じていた。薫が自分と貴子との仲を誤解し、苦しんでいることもわかっていた。

 

佐伯は、薫にもそして貴子にも真正面から向き合えない自分が、ひどく狡い人間に思えたのだった。

 

何かと気ぜわしい師走も押し詰まった頃、佐伯は教室の大掃除を行った。有志で教室として使っている離れを大掃除するのだ。暮れも押し詰まっていたので、参加できる生徒は少なかったが、薫、美緒、陽、そしていつも熱心教室に通っている生徒も2名参加した。

 

離れは十畳の和室が二間とフローリングのキッチンがあった。以前は伯母幸子の息子夫婦が暮らしていたのだ。

 

佐伯も加わって6人で掃除を始めたが、離れは思いの外広かった。和室は箒で掃き、から拭きし、机、窓、庭につながる掃き出し窓や廊下は水拭きした。寒い日だったが、6人の額には汗がにじむほどだった。

 

大掃除は1時間以上かかった。佐伯はいつも教室を綺麗に使っているが、大掃除で掃き清めた教室は一層明るく清々しくなった。

 

「ありがとう。お疲れさま。すっかり綺麗になったよ」佐伯は生徒たちをねぎらった。

 

大掃除が終わったのを見計らって、佐伯の伯母幸子がお善哉の鍋をもって現れた。

「お疲れさまでした。ありがとう。お善哉を作ったのよ、たくさん食べてね」幸子は言って、善哉をよそった。

 

幸子の善哉を美味しく食べながら、薫は暮れの押し詰まった時期に佐伯と一緒に作業して、一緒に何かを食べられることに幸せを感じていた。

 

善哉を食べ終えてると、佐伯は生徒を門まで送った。その時、

 

「陽~!いつまで待たせる気!」と言う若い女の子の甲高い声がした。

「美咲!なんでお前がこんな所にいるんだ!?」と陽が驚いたように言った。

 

「だって、最近、書道だ!書道だ!って言って、全然遊んでないじゃない!」

「俺の勝手だろう?」

「彼女を放置して、なにその言い方!」とその少女は言った。

「いつから俺の彼女になったんだよ!」陽も負けずに言い返した。

 

美咲と呼ばれたその少女は、光沢のある長い髪をした、なかなかの美少女だった。鮮やかなオレンジ色のスタジアムジャンパーがよく似合っていた。

 

薫はモノトーンの世界に急に鮮やかな花が咲いたように感じたのだった。

 

つづく

 

「墨の香り」『薫~書の道・愛の道~』その1

「衝動」『薫~書の道・愛の道~』その2

「月光」『薫~書の道・愛の道~』その3

「脱皮」『薫~書の道・愛の道~』その4

「気づき」『薫~書の道・愛の道~』その5

「衝撃」『薫~書の道・愛の道~』その6

  「オアシス」『薫~書の道・愛の道~』その7

「疑念」『薫~書の道・愛の道~』その8

「書道講習会」『薫~書の道・愛の道~』その9~

「イルミネーション」『薫~書の道・愛の道~』その10

「カナリーイエローのマフラー」『薫~書の道・愛の道~』その11

「タロット:塔」『薫~書の道・愛の道~』~その12~

「遠い存在」『薫~書の道・愛の道~』その13~

「大掃除」『薫~書の道・愛の道~』その14~

「贈り物」『薫~書の道・愛の道~』~その15~

 

作家:村川久夢

 

 

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