【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その10「イルミネーション」

ホテルでの書道講習会と懇親会を終えて外に出ると、冬の日はすっかり暮れていた。ホテルのプロムナードはイルミネーションが美しく施されていた。

  

「イルミネーションが綺麗だ。少し寒いけれど、教室まで歩こう。荷物があるけれど、薫さんは、大丈夫?」と佐伯がほっとしたような表情で言った。

「はい、大丈夫です。歩きます」薫が答えた。

   

イルミネーションに照らされたプロムナードを佐伯と並んで歩いていると、薫は自分が幻想の世界に迷い込んだような気がしたのだった。懇親会の息苦しさが嘘のように吹き飛んだ。

   

「薫さん、君を連れて来るべきじゃなかったと僕は反省しているんだ。いや、違うな。君にあんな姿を見られたくなかったと言うのが本音だな…」

   

「薫さん、こんな話を生徒にするのは初めてだけど、僕は今、時々売れる書道作品と君たちの授業料で食べて行くのがやっとなんだ。伯母の家に居候して、なんとか書道家として修行をしているんだよ」佐伯が思い切ったように話し出した。

   

「時々、作品が売れると言っても、田口雄一郎氏の人脈やお世話があって、初めて売れるんんだよ。田口雄一郎氏は『群青会』の大先輩であり、貴子さんの父上だ」

   

「書道にかける情熱や信念に迷いはない。しかし、自分を売り込んだり、作品を売ったり、『マーケティング』とか『ブランディング』というのかな?そういうことは、とても苦手なんだ。いい年をした男が言うことじゃないね…」

   

「僕の愚痴さ。若い君に甘えてしまった。すまない、薫さん」

   

佐伯は、懇親会での絡みつくような重苦しい雰囲気から解放され、ほっとした表情をしていた。イルミネーションに照らされた佐伯の顔は端正で美しかったが、いつものように近づきがたい厳しさはなく、佐伯がぐっと身近に感じられた。

   

「佐伯先生のご結婚にみなさん興味しんしんでしたね」薫が切り出すと、

「マダムたちは、寄ると触ると僕の結婚の話ばかりで閉口するよ」

佐伯の表情が再び暗くなった。

   

「まわりはみんな僕と貴子さんが結婚するのを望んでいる。僕にとって貴子さんは大切な人だよ。僕は彼女を子どもの頃から知っている。あんなふうにわがままで強気に振る舞っているけれど、本当は繊細で傷つきやすい人なんだ」

   

「貴子さんは美人だし、才能もあるし、裕福な家庭の一人娘だ。二人が結ばれれば、万々歳なんだろうが…」

   

「だけど、僕は条件と結婚する気はないよ」

  

その時、佐伯は饒舌だった。薫は初めて悩みも弱みも抱えた「佐伯隆也」と言う一人の男性に触れた気がした。

   

薫は佐伯が自分に心を開いてくれたようで嬉しかった。

   

高台のホテルから教室まで20分少々だったが、この短い時間で薫は佐伯がぐっと身近な存在になったようで嬉しかった。

   

書道道具を離れに戻そうと、離れに近づくと、離れには明かりがついていた。薫が離れに入ると、陽が一人しょんぼり座っていた。

    

「陽君、待っていてくれたの?」

「薫さん、お疲れ~!マダムたちの相手をして疲れたでしょ?心配だから待っていたんだ」

陽は薫から荷物を奪い取るようにして言った。

   

その時、薫から少し遅れて佐伯が離れに入って来た。佐伯に寄り添う薫のいつにない穏やかで幸せそうな表情を、陽は敏感に察知したのだった。

 

   

つづく

「墨の香り」~オムニバス「薫」:その1~

「衝動」~オムニバス「薫」:その2~

「月光」~オムニバス「薫」:その3~

「脱皮」~オムニバス「薫」:その4~

「気づき」~オムニバス「薫」:その5~

「衝撃」~オムニバス「薫」:その6~

  「オアシス」~オムニバス「薫」:その7~

「疑念」~オムニバス「薫」:その8~

「書道講習会」~オムニバス「薫」:その9~

「イルミネーション」~オムニバス「薫」:その10~

「カナリーイエローのマフラー」~オムニバス「薫」:その11~

  

作家:村川久夢

  

  

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