【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その8「疑念」

 

  

書道展が無事に終わり、みんなが落ち着きを取り戻したのは、冬の気配を感じる頃だった。薫は書道展に参加したことで自分の中に小さな光が生まれたのを感じた。それは、今まで感じたことがなかった夢や希望の片鱗なのかも知れないと思った。

 

いつものように誰よりも早く薫が教室に入ると、佐伯がすでに来ていた。薫を待っていたらしく、

「薫さん、こっちに来て、ここに座って」と言い、薫が座ると、

「君もそろそろ『群青会』に入る時期だと思ってね」と切り出した。

「『群青会』?」

 

佐伯は「群青」と印刷された冊子を取り出した。

「『群青会』の会員になると検定試験が受けられるんだよ。会費と検定を受ける時は別に検定料がかかるけれど」

「検定試験があるんですね?」

  

「ああ、10級から1級の検定試験があるんだ。3級までは奨励級だから比較的スムーズに進級できるけれど、2級からはぐっと難しくなる。1級から上は初段から6段だ」

「そうなんですね」

 

「初段に合格して有段者になると、希望すれば、指導者資格講習を受講できるんだよ」

「指導者資格まであるんですね」

 

「そうだよ。入会するかどうかは、今、決めなくてもいい。詳しいことはこの冊子をよく読んで決めなさい」

 

と言うと、佐伯は薫に冊子「群青」を手渡した。薫は頭の中で「書道有段者」「書道指導者」と言う言葉がチラチラするのを感じたのだった。

 

薫は早く来た生徒と一緒に教室の準備をした。無遅刻無欠席で教室に通い、稽古日以外でも離れで練習していることもあって、薫は佐伯の内弟子のような存在になっていた。

 

教室の準備が整い、皆が練習を始めた頃、貴子が悪びれる様子もなく現れた。いつものことなので誰も何も言わず、それぞれの課題に取り組んでいた。

 

「佐伯先生、父の知人で佐伯先生の熱狂的ファンの女性がたくさんいるんです。『是非、佐伯先生の書道講習を受けて、懇親会でお話したい』と言っているそうなんです」と貴子が練習している生徒のことを全く気にかけずに言った。

 

指導中だった佐伯はちらっと貴子の方を見たが、指導を続けた。貴子はそんな佐伯を無視して話しを続けた。

 

「どの人もそれなりに書道経験があるので、『基本の基本』から教える必要はありません。時にはファンサービスも必要じゃないですか?」と貴子は少しトゲのある言い方をした。

 

熱狂的ファン対象の講習と懇親会は、それが初めてではないようだった。たまに開かれるのだと言うことを薫は後になって美緒から聞いた。

   

「ファンミーティングってあるじゃない?あんな感じ。以前、雑用係として先生について行ったことがあるけれど、佐伯先生にオネツなマダムの集まりよ」と美緒は言った。

   

「佐伯先生って、大河ドラマで主役だったHに似てて、渋くて素敵よね。才能あるし、独身だし、マダムに狙われやすいみたい」と言って美緒は肩をすくめた。

 

「先生もつらいところよね。ただのファンじゃなくて、貴子さんのお父様の紹介だから無下に断れないのよね」

   

貴子の父雄一郎は、佐伯の書の才能に惚れ込んでいて、見返りを求めず援助をしていると言う。雄一郎は決して見返りを求めているわけではないが、佐伯は雄一郎に恩義を感じているようなのだ。

     

薫の耳に佐伯を「隆也さん」と呼んだ貴子の声が蘇った。「あなたの好きないつものワイン」と親しげだった言葉とともに。書道展以来、心の底で渦巻いていた疑念が、黒雲のようにモクモクと薫の心に広がったのだった。

  

-先生と貴子さんは付き合っているんだろうか?-

-いずれ結婚するのだろうか?-

   

数日後、美緒がファンミーティングのようだと言っていた佐伯の書道講習と懇親会の雑用係として同行して欲しいと薫は佐伯に頼まれた。

   

気が進まない会合だったが、少しでも佐伯の力になれたらいいと言う思いと、教室以外の場所でも佐伯と一緒に居たい思いが相まって、薫は雑用係を引き受けたのだった。

   

つづく

「墨の香り」~オムニバス「薫」:その1~

「衝動」~オムニバス「薫」:その2~

「月光」~オムニバス「薫」:その3~

「脱皮」~オムニバス「薫」:その4~

「気づき」~オムニバス「薫」:その5~

「衝撃」~オムニバス「薫」:その6~

  「オアシス」~オムニバス「薫」:その7~

「疑念」~オムニバス「薫」:その8~

「書道講習会」~オムニバス「薫」:その9~

 

作家:村川久夢

 

 

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