【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その7「オアシス」

心配そうな佐伯をよそに、陽は薫に寄り添い、振り返らずに歩いた。歩きながら薫に問いかけた。

 

「薫さん、大丈夫?もしかしてまた貴子女史に何か言われたの?」

「ううん、そうじゃないけど…」

「そっか~ちょっと歩こう。気持ちいい夜だし、歩いた方がいいよ」

「そうね」

     

しばらく歩くと陽は自販機の前で立ち止まった。

 

「薫さん、何飲む?何か飲もうよ」

「そうね」

「俺はロイヤルミルクティ!薫さんは?」

「じゃあ私はレモンティにするわ」

 

陽は温かい飲み物を買うと、小さな公園に入って行った。

 

「ここ夜景が綺麗なんだ。落ち着けるんだ。俺のオアシスさ。でも、あんまり人に教えてないんだ」

「ほんと、夜景が綺麗ね」

「レモンティ飲んで、夜景を見たら、気分も良くなるよ」

   

陽はそういうと、自分のロイヤルミルクティをベンチに置いて、薫のレモンティの蓋を開け、差し出した。

    

「薫さん、飲んで」

「ありがとう」

 

薫にレモンティを渡すと、陽は自分のロイヤルミルクティの蓋を開けて一口飲んだ。

   

「俺のオヤジもオフクロも『群青』のエライさんでさ、二人とも書道家なんだ。俺はわけもわかんないうちから書道習わされて、『書道なんて何が面白いんだ!』ってずっと思ってたんだ」

「そうなんだ。知らなかった」

「佐伯先生の教室は、そんなヤツばっかなんだ」

「そうね」

「だから俺、薫さんが入ってきた時、新鮮だった!大学卒業してから始めたのに、ぐんぐん上達して、それも楽しそうに。俺、薫さんはホント偉いと思う」

「・・・」

   

薫がはにかんで黙っていると、陽はゴクリとミルクティを飲み、少し気負った声で続けた。

   

「薫さんは気づかなかったかも知れないけれど、書道展に見学に来ていた人たちの間で、薫さんの作品、評判よかったんだよ」

「え!ホント?!」

「うん、『ほのぼのする』『温かい気持ちになる』『賞をあげればいいのにね』って、沢山の人が言っているのを俺、聞いたんだ。俺、薫さんの作品が展示されている部屋の監視する当番だったからホントだよ」

「陽君、教えてくれてありがとう」

  

薫は胸がいっぱいになって、涙ぐんだ。心がほんわり温かくなるのを感じた。

   

薫の少し落ち着いた様子を見て、陽が言った。

 

「薫さん、お腹すかない?」

「パーティーで食べなかったの?」

「あんなの外見だけが豪華で全然腹の足しにならないよ」

  

よく考えると、薫もオレンジジュースを少し飲んだだけで何も食べていなかった。陽と話して、気持ちが落ち着いたのか急に空腹を感じた。

   

「薫さん、牛丼を食いにいかない?俺、急に牛丼を食いたくなった!」

「え~!牛丼なの?」

「うん、特盛とかガツガツ食いたい!薫さんのお腹もさっきぐう~って鳴ってたよ」

「・・・」

「俺、薫さんが本当は大食いなのを知ってるんだ。いつだったか、教室で頑張ってる薫さんに差し入れに行ったら、いきなりおにぎり4個も食うんだもん。驚いたよ」

「そうだったね。あの時もありがとう。わかった!陽君、牛丼行こう!」

「そう来なくちゃ!」

   

牛丼屋で陽は特盛を薫は並を注文した。お腹が空いていたからか、牛丼はとても美味しかった。陽は見ていても気持ちがいいほど美味しそうに食べていた。

 

牛丼を食べ終わると、

「貴子女史はいつもあんなだけど、本当はけっこう弱いところがあるんだ。佐伯先生のことが好きなんだけど、先生が煮えきらなくて、プライドが許さないんだろ」と陽がぼそっと言った。

   

「生徒の俺がこんなこと言ったら駄目なんだろうけど、佐伯先生は書道家として、書道の指導者としては偉いけれど、男としてはどうなんだろう。貴子女史が気の毒に感じることがあるよ…」

   

薫はもっと突っ込んで尋ねたい気持ちでいっぱいだったが、佐伯を慕っていることを陽に悟られることが怖くて、何も言えなかった。そして、それ以上に佐伯の弱い面を知ることが怖く感じたのだった。

 

つづく

 

「墨の香り」~オムニバス「薫」:その1~

「衝動」~オムニバス「薫」:その2~

「月光」~オムニバス「薫」:その3~

「脱皮」~オムニバス「薫」:その4~

「気づき」~オムニバス「薫」:その5~

「衝撃」~オムニバス「薫」:その6~

「オアシス」~オムニバス「薫」:その7~

「疑念」~オムニバス「薫」:その8~

 

作家:村川久夢

  

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