【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その6「衝撃」

薫は書道会「群青」第45回定期書道展会場の自分の作品の前に立ち尽くしていた。作品を完成させるまでの苦悩、そしてその苦悩を乗り越えた時の喜びが「静夜思」に表れているようで胸が熱くなった。

 

万感迫るものがあった。

 

薫は、勿論、選外で参加賞の小さな賞状をもらっただけだったが、無謀だと非難された「静夜思」を無事制作したことで得たものは、何ものにも代えがたい貴重な経験だった。

 

書道会「群青」第45回定期書道展で、佐伯の教室からは2名の生徒が入選した。田口貴子は「群青賞」を、成田美緒は「奨励賞」をそれぞれ受賞した。

 

貴子が全紙(縦約135cm×横約69cm)に漢字かな混じりで書いた西行の和歌作品は、その存在感で見る人の心を捉えた。

 

この作品を仕上げるために貴子がどれほど心血を注いだかが、薫には目に見えるような気がした。人前では、決して必死な様子を見せないけれど、貴子が人知れずこの書に打ち込んだからこそ、見る人を捉えて離さないこの作品が生まれたのだろう。

 

美緒は入選した喜びを隠そうとせず、「薫!私、奨励賞をとったわ~!」と言うなり、薫に抱きついた。薫も美緒の努力を知っているだけに、自分のことのように嬉しかったが、同時に強い悔しさや闘志も感じたのだった。

 

書道展の最終日、作品の搬出が終わると、ホテルの会場で受賞者を祝う華やかなパーティーが開催された。書道会「群青」の関係者だけでなく、招待された文化人や、報道関係者の姿も多く見られた。

 

薫は数名の「群青」関係者とともに受付を頼まれた。

 

パーティーが始まり、挨拶の声や乾杯の声が聞こえて来る時間になっても、薫たちは参加者名簿や会費の整理に追われていた。薫は作業に追われながら、会場から聞こえてくる声に耳をすませていた。佐伯の声を聞き逃すまいとしている自分に驚いた。

 

出展作品を提出して以来、佐伯と話す機会もなく、今回の書道展では運営に徹してる佐伯とはろくに顔を合わせることすらなく、薫は書道展の日を迎えたのだ。

 

やっと受付の作業が一段落し、衝立の後ろで、受付の道具一式を片付けていると、挨拶を終えた貴子の声がした。

 

「隆也さん、パーティーが終わったら家にいらしてね。あなたの好きないつものワインも用意してあるわ。お父様もお母様も隆也さんが来るのを楽しみにしているのよ」

 

「ああ、ありがとう、貴子さん」

 

薫の頭に「隆也さん」と佐伯を名前で呼んだ貴子の声がこだました。いかにも親しげな「あなたの好きないつものワイン」と言う言葉も薫の胸に突き刺さった。

 

-なぜ今まで気づかなかったのだろう!?-

 

薫は、呆然とした。

 

田口貴子は裕福な名家の一人娘で書道会「群青」でも将来を嘱望される女流書家だ。会社経営者の彼女の父は佐伯のパトロンのような存在なのだ。

 

二人の時は、「隆也さん」「貴子さん」と呼び合う仲なのだろう…。薫は、激しく動揺した。そして、動揺する自分に狼狽した。

 

受付を終えて、華やかなパーティー会場に入っても薫は何も食べることが出来なかった。喉がカラカラに乾いてジュースを飲もうとグラスを持つと、手が小刻みに震えた。

  

-先生は、貴子さんと付き合っていたんだ-

   

薫が作品制作で離れに日参していた頃、教室で貴子と二人になったことがあった。その時の貴子との会話が不意に蘇った。

 

「薫さん、稽古日以外にも離れで練習しているの?」と貴子が意味ありげな声で聞いた。

「はい」薫が怯えたように答えると、

「先生と二人になることもあるの?」と貴子は薫の様子を探るように言った。

「ほとんど一人ですが、数回、先生が来られたこともありました…」

「ふ~ん、そうなの」と貴子は言って、値踏みするように薫を眺めると、稽古の準備を始めた。

 

とても後味の悪い会話だった。

 

薫は目の前が真っ暗になるような気がした。そして、ショックを受けている自分に狼狽した。パーティーの時間をどう過ごしたのか、よくわからなかった。一人になりたかった。一人で夜風に吹かれたかった。

 

ホテルを出て、薫は一人歩いた。

 

「薫さん」

と呼ばれて振り返ると、意外にも佐伯が近づいてきた。

 

「書道展、ご苦労さんだったね。よく頑張った。いい作品だったよ」

と佐伯は言い、薫の思いつめた表情に怪訝な顔をした。

 

「顔色がよくない。それに震えてる。気分でも悪いのかい?僕が家まで送ろう」

佐伯が薫の近づこうとした時、

 

「佐伯先生~!薫さん~!」

と二人を呼ぶ声がした。陽だった。

 

陽は二人に追いつくと、

「佐伯先生はこれから偉い先生や後援者の人と貴子さん家(ち)のサロンで2次会でしょ?薫さんは、パーティーの最中から調子が悪そうだったから、僕、薫さんを送って行きます」

 

そう言って、陽は佐伯を残し、薫に寄り添って歩き出したのだった。

 

つづく

「墨の香り」~オムニバス「薫」:その1~

「衝動」~オムニバス「薫」:その2~

「月光」~オムニバス「薫」:その3~

「脱皮」~オムニバス「薫」:その4~

「気づき」~オムニバス「薫」:その5

「衝撃」~オムニバス「薫」:その6~

「オアシス」~オムニバス「薫」:その7~

 

作家:村川久夢

 

   

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