【連載小説】『薫~書の道・愛の道~』その5「気づき」

作品の提出締め切り日が来た。締め切り以前に提出した生徒はほとんどなく、ほとんどの生徒が佐伯の指導を受けるために早朝から教室に集まった。

   

皆、黙々と墨を擦り、筆を取り、自分の作品に向き合った。教室には張り詰めた空気が満ちていた。

   

薫と同じく漢詩を選んだ美緒は、佐伯の教室で練習するだけでなく、書道家の母の指導も受け、今日に向けて着々と作品を仕上げていた。

   

陽気でおしゃべりな普段の美緒とは全く別人のような厳しい表情で作品に向かっていた。

  

幼い頃から書道に親しんでいる美緒の書は整って落ち着きがあった。それでいて、どこか温かみを感じさせるのは美緒の人柄だろうか。

   

最年少で高校3年生の陽は、極太筆で一字「颯」と書いていた。草書体と言うことだが、それは書と言うよりは、抽象画を思わせた。そしてそれは陽の天賦の才能を感じさせた。

   

貴子は昼前に教室に現れた。自宅で仕上げた作品を3作持参し、どれを出品するかしばらく佐伯と議論していたが、やっと納得出来たらしく、出品作品を決定したようだった。佐伯に軽く一礼すると、黙って帰って行った。

   

それぞれが課題作品の完成を目指した。

  

正午前には作品を仕上げて引き上げる生徒が出始めた。午後の時間になると生徒は半分以下になった。

  

佐伯の伯母幸子が居残っている生徒数人のために、サンドイッチとミルクティーを離れに運んで来てくれた。

   

「薫さん、切りがついたらサンドイッチを食べなさい」と佐伯が言った。

 

―私は居残りだな―

 

と薫は思ったが、自分でも納得行くまで書きたいと思っていたので、作品制作に区切りをつけ、サンドイッチを食べた。

 

サンドイッチを食べて一息つくと、薫は作品制作に戻った。

   

墨をすり、筆に墨液を含ませ、「静夜思」を夢中で書いた。なめらかに筆を運べないと、詩句の途中で筆に含ませた墨がなくなってしまう。上手く筆が運べたと思うと、今度は硯に墨がなく、筆を置いて、慌てて墨を擦らなくてはならなかった。

   

そんなことを繰り返して、気が付くと、教室は佐伯と薫だけになっていた。外は真っ暗だった。

   

だが、薫は怯まなかった。疲労も空腹も感じなかった。

   

―今の私の技量で少しでも私の心のイメージに近づけたい-ただその一心だった。

    

「良くなって来たね!あなたらしさが戻って来た。でも、前のあなたとは全く違っている。さあ、もう一枚書いてみよう」佐伯が薫の書を見て言った。

    

離れに残って一人練習する薫に、佐伯が基本的な筆法の手本を書いてくれた時のことを、薫は思い出していた。「天地日月山川」と書かれた筆法の手本が美しく感動したことを、そして「書きたい!」と強く思ったことを。

    

-書きたい!私の「静夜思」を書きたい!―

   

薫は筆をとり半切に向かった。いつか佐伯と眺めた美しい月が心に浮かんだ。苦しかったけれど、一心に「静夜思」に取り組んだことに思いを馳せた。

   

-この風景が私の「静夜思」なんだ!-

     

自分の未熟さも、上手く書こうと言う気持ちも、気後れも全く感じなかった。不思議なほど、筆が快く運んだ。いつまでもいつまでも書いていたいと思うほど快かった。

   

つづく

 

「墨の香り」~オムニバス「薫」:その1~

「衝動」~オムニバス「薫」:その2~

「月光」~オムニバス「薫」:その3~

「脱皮」~オムニバス「薫」:その4~

「気づき」~オムニバス「薫」:その5~

「衝撃」~オムニバス「薫」:その6~

「オアシス」~オムニバス「薫」:その7~

 

作家:村川久夢

 

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