【掌編小説】おはぎ~中途半端が許せない女~

 

 

英会話教室の休憩時間のことだった。なぜ、おはぎの話題になったのかは忘れてしまったけれど、私は友だちのみどりとおはぎの話題で盛り上がっていた。

   

「おはぎ、美味しいよね。昔、よく田舎のお祖母ちゃんが作ってくれたの。餡から作ってくれるのよ。本当に美味しいの」とみどりが懐かしそうに言った。

「手作りだったら、なお美味しいだろうね」

「そうなのよ。太るってわかっていても、いくつも食べてしまって~」とみどりと私がきゃあきゃあ言っていると、

   

「私、おはぎって食べ物が許せないの!」美沙子さんが突然に言った。

「・・・?!」

私もみどりも美沙子さんの勢いに気まずい雰囲気になってしまった。

     

「だいたい、あの粒餡が許せないわ!中途半端に皮が残っていて。それに餅の部分もそうよ。お餅なの?ご飯なの?あの中途半端な餅も許せないわ!」

と美沙子さんは気まずげな私とみどりを見ても構わず、おはぎが許せないと言い続けたのだった。

    

そして、言うだけ言うとテキストを取って、おはぎが美味しいと騒いでいる私とみどりを軽蔑したように眺め、自習を始めた。

 

2 

こんなにハッキリ私たちを批判したのは初めてだけど、美沙子さんはいつもこんなに調子で、英会話教室のみんなをバカにして、冷たく無視しているのだ。

   

美沙子さんは、40歳前後だろうか。目鼻立ちの整った美人で、均整の取れたスッキリしたスタイルで、いつもお気に入りのブランドの洋服をオシャレに着こなしている。

   

英会話教室の友だちの話しでは、有名な国立の女子大を卒業し、一流企業に勤めているらしい。才色兼備を絵に描いたような女性だった。

    

そうこうするうちに休憩時間が終わり、授業が再開された。リンダ先生がモデル会話の説明をされると、美沙子さんは辞書を引きながら、熱心にノートを取っていた。

   

ところが、リンダ先生の説明が終わって、会話の実践練習をする時間になると、美沙子さんは、絶対に一言も英語を話さなかった。

    

教室の他の生徒が怪しい英語で楽しそうにペアワークをしていると、美沙子さんは冷たい白けた目で私たちを眺めていた。

   

くだけた英語っぽい表現を知りたくて、私がリンダ先生に質問して、レッスンが少々脱線したりすると、

   

 「響子さん、質問はもういいですか?だいぶ時間もとっているし…」と美沙子さんに制されることがよくあった。

    

それでいて美沙子さんはペアワークでは一言も英語を話さなかった。

   

「私は間違った英語を話したくないので、英文法をマスターしてから会話に参加します」

と毎回、同じことを言った。「まあ、通じればいいかな~」と言うレベルの私たちとは話したくないようだった。

   

美沙子さんは美人で頭もよく、能力を発揮できる仕事に就いているのに、何となくいつも不満そうで、楽しそうには見えなかった。私は美沙子さんといると何となく落ち着かない気持ちになって、彼女が苦手だった。

  

しばらくすると、無遅刻無欠席だった美沙子さんが、急に教室に姿を見せなくなった。美沙子さんには申し訳ないけれど、私はほっとしたような気分になった。

   

ある時、噂好きで通っている貴子さんが、「美沙子さんがメンタル病んで入院しているらしいわよ~」と言った。

   

「美沙子さんの会社が、社内公用語を英語に統一したらしいのよ。社内公用語を英語にするということは、社員同士の電話やメール、ミーティング、議事録などの文書を全て英語で行うようになったらしいのよ」と、どこで聞いてきたのか、貴子さんは見てきたかのように話した。

    

「英語ができない、やりたくないなどとは言っていられない時代がついに来たって感じね」とみどりが驚嘆して言うと貴子さんは一層勢いづいて話をつづけた

   

   

「美沙子さんは英文メールや議事録を英語で書くのは全く問題なかったらしいけれど、英語でのやり取りが全く出来なかったらしいの。一言も英語を話さなかったらしいよ。『英文法をマスターするまでは話しません。間違った英語を話したくないので』と言い張って、業務に支障をきたすようになったんだって」

「ええ~!英会話教室の実践練習と同じね!」

「そうなのよ!」

   

貴子さんの話では、美沙子さんはもともと同僚と上手く行っていなかったらしい。そこへ社内の公用語が英語になったことで、ますます人間関係のストレスが酷くなったと言うのだ。

   

私は、何故か突然におはぎのことを思い出した。皮がのこって中途半端な粒あんが、許せない美沙子さん。お餅かご飯かはっきりさせないと我慢できない美沙子さん。完璧な英語を話すまでは、中途半端な英語を絶対に話したくない美沙子さん。

     

美人で、頭も良くて、有名な大学を出て、一流企業に勤めていても、いつも不満げで楽しそうでなかった美沙子さん。

 

美沙子さんは人間関係のストレスよりも、英語で会話してスムーズに業務を果たせない自分を強烈に責めて責めて責め立てたのだろうと私は思った。

   

私は美沙子さんに皮が残っている粒餡も美味しいことを知ってほしいと思った。もち米とうるち米のお餅の食感も美味しいことを知ってほしい。

 

完璧な文法でなくても英語でコミュニケーションする楽しさを知ってほしい。

   

美沙子さんは、中途半端なおはぎを許せないだけでなく、きっと英語を完璧にマスター出来ない自分を誰よりも許せなかったのだと思う。心を病んでしまうほど。

   

私は貴子さんから美沙子さんが入院している病院を聞き出し、迷った末にお見舞いに行った。美沙子さんの部屋は綺麗な個室だった。美沙子さんは私の顔を見ると、私が驚くような笑顔で

     

「あら、響子さん、来てくれたのね」いつもの固い表情ではなく、穏やかで優しい表情で、言ったのだった。

   

「私ね、会社に適応できなくて、倒れて入院した時は、自分を用無しのダメ人間だと思って絶望したの。でも、精神科の先生の診察を受けたり、カウンセリングを受けたりして、ちょっとずつ気持ちが楽になったの。それに仕事のストレスで疲れていたのね。自分でも驚くほどよく眠っているわ」と言って、美沙子さんは明るく笑った。

   

「響子さん、あなた本人に言うのもなんだけれど、英会話教室では響子さんが憎らしくてね」

「え?私が?」

「そう。ちょっとくらい間違ってもどんどん話して、楽しそうに英語で会話しているあなたが、憎らしくて。今、思うと羨ましかったのね」と言って、美沙子さんは苦笑いをした。

    

「私、倒れて良かったと思うわ。倒れて精神科の先生やカウンセラーさんにじっくり気持ちを聞いてもらって、やっと自分の心を振り返れた。自分を責めるのを止めようと思ったのよ。『間違ってもいい』とやっと思えるようになったの。そうだ!」と言うと美沙子さんはベッドから出て、テーブルの上の紙包みを開いた。

   

「響子さん、お茶を入れるから、一緒に食べましょ」

と言って、美沙子さんは私におはぎを勧めてくれた。

「嫌いだと思っていたけれど、おはぎ美味しいね。粒餡ももち米とうるち米のお餅も」

  

美沙子さんはそう言って笑った。苦手だった美沙子さんといても、今は穏やかな気持ちだった。私は美沙子さんと美味しくおはぎを食べたのだった。

    

 <完>

 

作家:村川久夢(むらかわくむ)

 

 

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