母の焼きそば

 

今夜は「焼きそば」だった。

私は粉末ソースがついた焼きそばが

けっこう好きだ。

子どもの頃、母がよく作ってくれたが

美味しくて好きだった。

 

私が結婚してしばらくした頃、

母と話していて

粉末ソースがついた「焼きそば」の話に

なったことがあった。

 

「あの焼きそばはソースがついてるし

助かるねん」と母が言った。

私はウスターソース代を

節約しなくてはいけないほど

わが家は貧しかったのかと驚いた。

 

「あんたらには、

あまりええもん食べさせて

あげられへんかったな…」

と母がポツリと言った。

 

考えてみると、当時は

父方の祖父母と同居していて、

両親、祖父母、私と弟の6人家族だった。

私が小学校の高学年になった頃、

祖母が倒れ、

母が家で祖母を介護していた。

祖母の介護のために母は勤めを辞めた。

母は家計のやりくりが

大変だっただろうと思う。

 

でも、私には

「ええもんを食べられなかった」

と言う記憶はない。

高価な食べ物はなかったけれど

母の料理はみんな美味しかった。

粉末ソースつきの焼きそばも、

時には具材がキャベツと天かすと

紅しょうがだったりしたが、

それでも美味しかった。

 

最近なぜか妙に母が作ってくれた料理が

食べたくなる。

真似て作ってみるが、

父はやはり母が作った料理の方が

良いようで、

私の料理をなかなか「美味しい」

と言ってくれない。

母のようにもっと工夫が必要なのだろう。

 

母の工夫は、

「少しでも美味しいものを

食べさせてやりたい」と言う

母の愛情そのものだと思う。

だから、たとえ肉なしで、キャベツ、天カス、

紅しょうがしか具材が入っていなくとも、

母の焼きそばは、

美味しかったのだと思う。

 

子どもの頃、母の徹底した倹約ぶりに

辟易したこともあったが、

食べることには不満はなかった。

母は8年前に亡くなった。

今でも粉末ソースつきの焼きそばを見ると

母の言葉を思い出す。

そして、心でいつも思う

「お母ちゃん、大変やったんやね。

でも、美味しかったよ!ありがとう」

 

(エッセイ集

『大丈夫、きっと乗り越えられる~

鬱・夫の死を克服した私からのエール』

より「母の焼きそば」)