『喪服』~お母さん、ずっと良い子でいるのはしんどかったよ!~

母八重が腸閉塞で入院し、

誤嚥性肺炎を併発して死んだのは、

入院の翌日だった。

 

ここ数年、パーキンソン病で

腸閉塞を起こしやすくなっていた八重は

入退院を繰り返していた。

「もう長くないかもしれない」

と覚悟はしていたが、

あまりに急なことで

千鶴子は頭の中が真っ白になった。

 

医師から八重の臨終を告げられると、

父の英二郎は人目も憚らずに大泣きした。

八重危篤の連絡に

慌てて駆けつけた弟の要も

英二郎と抱き合って号泣した。

 

千鶴子はさあーと

気持ちが引いて行くのを感じた。

 

担当の医師や看護師に挨拶をし、

看護師に手伝ってもらいながら

八重の湯灌を行った。

病院が手配してくれたワゴン車で

八重を自宅に連れて帰った。

 

英二郎と要が泣き崩れているのとは、

対照的に千鶴子は一粒の涙も見せずに

淡々と八重の喪儀の準備を取り仕切った。

 

その夜、千鶴子は八重の枕元で

喪服の躾糸を解いた。

家紋にもまだ保護の紙がついていた。

 

八重が千鶴子のために

作ってくれた喪服だった。

八重はまさか自分の葬儀で

初めて千鶴子がこの喪服を

着ることになろうとは

思ってもいなかっただろう。

 

八重は眠っているような

安らかな美しい顔をしていた。

 

千鶴子は病院で八重の身体を清め、

八重の手を拭きながら、

「昔、よくこの手で叩かれたなあ」

と思ったことを思い出した。

 

八重がまだ元気だった頃のことだ、

千鶴子が幼い頃、

八重が千鶴子をよく叩いたことや

弟の要と扱いが違ったことを

一度だけ千鶴子が口にしたことがあった。

すると、八重は烈火の如く怒って言った。

「あなたの考え方は

なんてねじ曲がっているの!」

 

気に入らないことがあると

八重が千鶴子に八つ当たりしたことや、

要と扱いに差があったことを

八重が本当に忘れていたのか、

痛いところをつかれて怒ったのかは、

今となってはわからなかった。

 

八重がパーキンソン病を患い、

千鶴子夫婦と同居するようになってからも、

八重の口から、

「昔よく八つ当たりして叩いて悪かったね。

ごめんね、千鶴子」

という言葉は結局最後まで聞けなかった。

 

年老いて難病で弱っている八重に、

祖母と八重、英二郎と八重の間に立って、

気を使い辛抱を強いられ辛かったことを

千鶴子自身も言い出せなかった。

 

八重が苦労してきたことは

千鶴子が一番よく知っていたからだ。

だから今日まで千鶴子は

黙って「良い子」を演じ続けて来たのだ。

 

結局、千鶴子はありのままの自分を

八重に愛してほしいと思いながら、

最後まで「良い子」のままだった自分が

無性に悲しかった。

 

喪服の躾糸を解く手を止めて、

千鶴子は八重の顔を見て言った。

 

「お母さん、告別式は

お母さんが作ってくれた喪服を着るね。

襟に私の名前まで入れてくれたのね。

ありがとう、お母さん。

でもね、私は喪服よりも

お母さんにもっと可愛がって欲しかった。

お母さんの前で普通でいたかった。

良い子でいるのはとてもしんどかったよ。

最後に『ごめんね』って言ってほしかった。

お母さんは良いお母さんだったけれど、

私はずっと寂しかったよ」

 

八重が千鶴子のために用意した喪服に

涙が滴り落ちた。

 

「お母さんは明後日には、

灰になってしまうのね。

その時、私のわだかまりも一緒に

灰にして持って行ってね。

良い思い出だけを私に残してね」

 

千鶴子は喪服を着て

八重の喪儀を滞りなく終えた。

 

千鶴子が演じた最後の「良い子」だった。

 

 

        <完>

 

*鬱・夫の死を克服した作家&

インナーチャイルドカードセラピスト

村川久夢(むらかわ くむ)

 

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